教科書



② 繰り返される要求と改革(教科書148~150ページ)
学習課題
百姓の要求と財政難に対して、幕府はどのような対応を行ったのだろうか。
百姓の要求と財政難に対して、幕府はどのような対応を行ったのだろうか。
重要年号・時期――最初に確認
18世紀後半:田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となり、商業を重視する政策を進める。
天明の飢きん(てんめいのききん):冷害や浅間山の噴火などを背景に起こり、百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発する。
19世紀初めまで:寛政の改革(かんせいのかいかく)の方針が幕府の基本政策として続く。
1857年:教科書149ページに掲載された義倉(ぎそう)が、町人の主導で建てられる。
※この範囲で具体的な年が示されていない出来事には、年号を補っていません。
18世紀後半:田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となり、商業を重視する政策を進める。
天明の飢きん(てんめいのききん):冷害や浅間山の噴火などを背景に起こり、百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発する。
19世紀初めまで:寛政の改革(かんせいのかいかく)の方針が幕府の基本政策として続く。
1857年:教科書149ページに掲載された義倉(ぎそう)が、町人の主導で建てられる。
※この範囲で具体的な年が示されていない出来事には、年号を補っていません。
重要語句――最初に確認
百姓一揆(ひゃくしょういっき) → 百姓が領主などに要求を示す集団行動
打ちこわし(うちこわし) → 米を買い占めた商人などに対して都市の貧しい人々が起こした行動
田沼意次(たぬまおきつぐ) → 商業を重視した老中
株仲間(かぶなかま) → 商工業者たちの仲間
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん) → 金と銀の交換をしやすくした貨幣
松平定信(まつだいらさだのぶ) → 寛政の改革(かんせいのかいかく)を進めた老中
寛政の改革(かんせいのかいかく) → 質素・倹約、農村や財政の立て直しなどを進めた改革
人足寄場(にんそくよせば) → 軽犯罪者の更生のための施設
上杉治憲(うえすぎはるのり)(鷹山(ようざん)) → 米沢藩の財政改革を進めた藩主
義倉(ぎそう) → 飢きんに備えて米を保存する施設
火除地(ひよけち) → 火災の拡大を防ぐための、建物を設けない広場
百姓一揆(ひゃくしょういっき) → 百姓が領主などに要求を示す集団行動
打ちこわし(うちこわし) → 米を買い占めた商人などに対して都市の貧しい人々が起こした行動
田沼意次(たぬまおきつぐ) → 商業を重視した老中
株仲間(かぶなかま) → 商工業者たちの仲間
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん) → 金と銀の交換をしやすくした貨幣
松平定信(まつだいらさだのぶ) → 寛政の改革(かんせいのかいかく)を進めた老中
寛政の改革(かんせいのかいかく) → 質素・倹約、農村や財政の立て直しなどを進めた改革
人足寄場(にんそくよせば) → 軽犯罪者の更生のための施設
上杉治憲(うえすぎはるのり)(鷹山(ようざん)) → 米沢藩の財政改革を進めた藩主
義倉(ぎそう) → 飢きんに備えて米を保存する施設
火除地(ひよけち) → 火災の拡大を防ぐための、建物を設けない広場
学習課題のまとめ――先に流れをつかもう
① 百姓の要求:年貢の減免や不正な役人の交代を求めた。
↓
② 社会の混乱:百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が起こり、幕府は身分の秩序を引き締めようとした。
↓
③ 田沼意次(たぬまおきつぐ)の政治:年貢だけに頼らず、株仲間(かぶなかま)や貿易など商業を重視して収入を増やそうとした。
↓
④ 天明の飢きん(てんめいのききん):一揆や打ちこわし(うちこわし)が多発し、批判が高まるなかで田沼が退任した。
↓
⑤ 松平定信(まつだいらさだのぶ)の寛政の改革(かんせいのかいかく):質素・倹約、農村の立て直し、米の備蓄、社会の秩序を重視した。
① 百姓の要求:年貢の減免や不正な役人の交代を求めた。
↓
② 社会の混乱:百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が起こり、幕府は身分の秩序を引き締めようとした。
↓
③ 田沼意次(たぬまおきつぐ)の政治:年貢だけに頼らず、株仲間(かぶなかま)や貿易など商業を重視して収入を増やそうとした。
↓
④ 天明の飢きん(てんめいのききん):一揆や打ちこわし(うちこわし)が多発し、批判が高まるなかで田沼が退任した。
↓
⑤ 松平定信(まつだいらさだのぶ)の寛政の改革(かんせいのかいかく):質素・倹約、農村の立て直し、米の備蓄、社会の秩序を重視した。
① 百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)
1
百姓は、天災などで年貢を納められないとき、領主に何を要求しましたか。
読解トレーニング問題
① 百姓が年貢の減免を求めたのは、どのようなときですか。
② 百姓は年貢の減免のほかに、何の交代を求めることがありましたか。
③ 領主側に訴えを退けられた百姓は、どのような行動をとりましたか。二つ答えなさい。
答え
年貢の減免(年貢を減らしてもらうこと)。
【解説】
百姓は、天災などの被害で年貢を納められないとき、領主に年貢の減免を要求しました。また、不正を行う役人の交代を求めることもありました。領主側が訴えを受け入れる場合もありましたが、退けられると百姓一揆(ひゃくしょういっき)を起こしたり、城下へ押しかけたりしました。江戸時代末期に近づくと、暴力を伴う一揆も起こりました。
【解説】
百姓は、天災などの被害で年貢を納められないとき、領主に年貢の減免を要求しました。また、不正を行う役人の交代を求めることもありました。領主側が訴えを受け入れる場合もありましたが、退けられると百姓一揆(ひゃくしょういっき)を起こしたり、城下へ押しかけたりしました。江戸時代末期に近づくと、暴力を伴う一揆も起こりました。
読解トレーニング問題
① 百姓が年貢の減免を求めたのは、どのようなときですか。
答え
天災などの被害で年貢を納められないとき。
② 百姓は年貢の減免のほかに、何の交代を求めることがありましたか。
答え
不正を行う役人の交代。
③ 領主側に訴えを退けられた百姓は、どのような行動をとりましたか。二つ答えなさい。
答え
百姓一揆(ひゃくしょういっき)を起こしたり、城下へ押しかけたりした。
2
都市の貧しい人々が、米を買い占めた商人に対して起こした行動を何といいますか。
読解トレーニング問題
① 打ちこわし(うちこわし)の対象となったのは、どのような商人ですか。
② 百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)では、主に行動を起こした人々がどのように違いますか。
③ 幕府は体制を維持するため、どのような法令を出しましたか。
答え
打ちこわし(うちこわし)。
【解説】
都市では、米を買い占めた商人に対して、貧しい人々が打ちこわし(うちこわし)を起こしました。百姓一揆(ひゃくしょういっき)が百姓による領主などへの要求であるのに対し、打ちこわし(うちこわし)は都市の貧しい人々などによる商人への行動です。こうした動きの背景には、貨幣経済の発達によって貧富の差が生まれ、身分制が揺らいだことがありました。幕府は身分の秩序を引き締める法令を出し、体制の維持を図りました。
【解説】
都市では、米を買い占めた商人に対して、貧しい人々が打ちこわし(うちこわし)を起こしました。百姓一揆(ひゃくしょういっき)が百姓による領主などへの要求であるのに対し、打ちこわし(うちこわし)は都市の貧しい人々などによる商人への行動です。こうした動きの背景には、貨幣経済の発達によって貧富の差が生まれ、身分制が揺らいだことがありました。幕府は身分の秩序を引き締める法令を出し、体制の維持を図りました。
読解トレーニング問題
① 打ちこわし(うちこわし)の対象となったのは、どのような商人ですか。
答え
米を買い占めた商人。
② 百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)では、主に行動を起こした人々がどのように違いますか。
答え
百姓一揆(ひゃくしょういっき)は百姓、打ちこわし(うちこわし)は都市の貧しい人々など。
③ 幕府は体制を維持するため、どのような法令を出しましたか。
答え
身分の秩序を引き締める法令。
② 田沼意次(たぬまおきつぐ)の政治
3
18世紀後半、年貢だけに頼る政策を転換し、商業を重視して幕府の財政再建を図った老中は誰ですか。
読解トレーニング問題
① 田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となったのは、いつごろですか。
② 田沼は商品の流通をどこへ集めようとしましたか。
③ 田沼が株仲間(かぶなかま)を認めたうえで、そこから得ようとしたものは何ですか。
答え
田沼意次(たぬまおきつぐ)。
【解説】
18世紀後半に老中となった田沼意次(たぬまおきつぐ)は、幕府の財政を立て直そうとしました。それまでの年貢だけに頼る政策を転換し、発展してきた商業に重点を置きました。田沼は商品の流通を江戸へ集め、商工業者たちの仲間である株仲間(かぶなかま)を認めて税を納めさせました。商業の発達を幕府の収入の拡大につなげようとしたのです。
【解説】
18世紀後半に老中となった田沼意次(たぬまおきつぐ)は、幕府の財政を立て直そうとしました。それまでの年貢だけに頼る政策を転換し、発展してきた商業に重点を置きました。田沼は商品の流通を江戸へ集め、商工業者たちの仲間である株仲間(かぶなかま)を認めて税を納めさせました。商業の発達を幕府の収入の拡大につなげようとしたのです。
読解トレーニング問題
① 田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となったのは、いつごろですか。
答え
18世紀後半。
② 田沼は商品の流通をどこへ集めようとしましたか。
答え
江戸。
③ 田沼が株仲間(かぶなかま)を認めたうえで、そこから得ようとしたものは何ですか。
答え
税。
4
田沼意次(たぬまおきつぐ)は、貿易や貨幣の面で、商業を活発にするためにどのような政策を行いましたか。
読解トレーニング問題
① 田沼は海産物をどこから輸出しましたか。
② 南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)をつくったことで、何の取り引きがしやすくなりましたか。
③ 田沼が商業政策のほかに乗り出した事業を二つ答えなさい。
答え
長崎から海産物を輸出して金・銀を輸入し、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)をつくって金と銀の取り引きをしやすくした。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)は、長崎から海産物を盛んに輸出し、金・銀を輸入しました。また、新しい貨幣である南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)をつくり、金と銀の取り引きをしやすくしました。こうした政策によって商業の活性化を促し、収入の拡大に努めました。さらに、干拓工事や蝦夷地の開拓にも乗り出しました。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)は、長崎から海産物を盛んに輸出し、金・銀を輸入しました。また、新しい貨幣である南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)をつくり、金と銀の取り引きをしやすくしました。こうした政策によって商業の活性化を促し、収入の拡大に努めました。さらに、干拓工事や蝦夷地の開拓にも乗り出しました。
読解トレーニング問題
① 田沼は海産物をどこから輸出しましたか。
答え
長崎。
② 南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)をつくったことで、何の取り引きがしやすくなりましたか。
答え
金と銀の取り引き。
③ 田沼が商業政策のほかに乗り出した事業を二つ答えなさい。
答え
干拓工事と蝦夷地の開拓。
5
田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中を退く背景となった、大きな飢きんを何といいますか。
読解トレーニング問題
① 田沼の政治では、どのような二つのことへの批判が高まりましたか。
② 天明の飢きん(てんめいのききん)の背景となった自然災害を二つ答えなさい。
③ 天明の飢きん(てんめいのききん)のなかで数多く起こるようになった行動を二つ答えなさい。
答え
天明の飢きん(てんめいのききん)。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)の政治に対しては、幕府中心の経済政策や賄賂の横行への批判が高まりました。そのなかで、東北地方の冷害や浅間山の噴火などによる天明の飢きん(てんめいのききん)が起こりました。百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が数多く起こるようになり、社会の混乱が広がりました。田沼はその責任をとり、老中を退きました。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)の政治に対しては、幕府中心の経済政策や賄賂の横行への批判が高まりました。そのなかで、東北地方の冷害や浅間山の噴火などによる天明の飢きん(てんめいのききん)が起こりました。百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が数多く起こるようになり、社会の混乱が広がりました。田沼はその責任をとり、老中を退きました。
読解トレーニング問題
① 田沼の政治では、どのような二つのことへの批判が高まりましたか。
答え
幕府中心の経済政策と賄賂の横行。
② 天明の飢きん(てんめいのききん)の背景となった自然災害を二つ答えなさい。
答え
東北地方の冷害と浅間山の噴火。
③ 天明の飢きん(てんめいのききん)のなかで数多く起こるようになった行動を二つ答えなさい。
答え
百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)。
③ 松平定信(まつだいらさだのぶ)と寛政の改革(かんせいのかいかく)
6
田沼意次(たぬまおきつぐ)の後に老中となり、寛政の改革(かんせいのかいかく)を進めた人物は誰ですか。
読解トレーニング問題
① 松平定信(まつだいらさだのぶ)が理想としたのは、誰の政治ですか。
② 定信が掲げた生活や支出についての方針は何ですか。
③ 定信が立て直そうとした二つのものは何ですか。
答え
松平定信(まつだいらさだのぶ)。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)の後に老中となった松平定信(まつだいらさだのぶ)は、徳川吉宗(とくがわよしむね)の政治を理想としました。定信は質素・倹約を掲げ、荒れた農村と幕府の財政の立て直しに取り組みました。また、都市での飢きん対策も進めました。こうした定信の一連の政策は、寛政の改革(かんせいのかいかく)とよばれています。
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)の後に老中となった松平定信(まつだいらさだのぶ)は、徳川吉宗(とくがわよしむね)の政治を理想としました。定信は質素・倹約を掲げ、荒れた農村と幕府の財政の立て直しに取り組みました。また、都市での飢きん対策も進めました。こうした定信の一連の政策は、寛政の改革(かんせいのかいかく)とよばれています。
読解トレーニング問題
① 松平定信(まつだいらさだのぶ)が理想としたのは、誰の政治ですか。
答え
徳川吉宗(とくがわよしむね)の政治。
② 定信が掲げた生活や支出についての方針は何ですか。
答え
質素・倹約。
③ 定信が立て直そうとした二つのものは何ですか。
答え
荒れた農村と幕府の財政。
7
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、農村の立て直しと飢きんへの備えのため、どのような政策を行いましたか。
読解トレーニング問題
① 定信は都市へ出稼ぎに来ていた人々を、どこへ帰しましたか。
② 定信が栽培を制限した作物と、栽培を奨励した作物をそれぞれ答えなさい。
③ 米を蓄えさせたのは、何に備えるためですか。
答え
都市へ出稼ぎに来ていた人々を村に帰し、米などの穀物の栽培を奨励し、米を蓄えさせた。
【解説】
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、江戸などの都市へ出稼ぎに来ていた人々を村に帰しました。商品作物の栽培を制限し、米などの穀物の栽培を奨励しました。また、飢きんに備えて米を蓄えさせました。これらは、荒れた農村を立て直し、食料不足に備えるための政策でした。
【解説】
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、江戸などの都市へ出稼ぎに来ていた人々を村に帰しました。商品作物の栽培を制限し、米などの穀物の栽培を奨励しました。また、飢きんに備えて米を蓄えさせました。これらは、荒れた農村を立て直し、食料不足に備えるための政策でした。
読解トレーニング問題
① 定信は都市へ出稼ぎに来ていた人々を、どこへ帰しましたか。
答え
村。
② 定信が栽培を制限した作物と、栽培を奨励した作物をそれぞれ答えなさい。
答え
制限したのは商品作物、奨励したのは米などの穀物。
③ 米を蓄えさせたのは、何に備えるためですか。
答え
飢きんに備えるため。
8
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、旗本(はたもと)・御家人(ごけにん)の生活難を救い、社会の秩序を正すために、どのような政策を行いましたか。
読解トレーニング問題
① 借金の帳消しによって生活難を救おうとしたのは、どのような人々ですか。
② 幕府の学校では、何という学問以外の儒学を禁止しましたか。
③ 人足寄場(にんそくよせば)は、何のためにつくられましたか。
答え
町人からの借金を帳消しにし、出版物を取り締まり、幕府の学校では朱子学(しゅしがく)以外の儒学を禁止した。
【解説】
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、江戸で旗本(はたもと)や御家人(ごけにん)の生活難を救うため、町人からの借金を帳消しにしました。社会の秩序の乱れを正すため、庶民が読む出版物の内容を取り締まりました。幕府の学校では朱子学(しゅしがく)以外の儒学を禁止し、試験による人材登用も進めました。さらに、軽犯罪者の更生のために人足寄場(にんそくよせば)をつくりました。
【解説】
松平定信(まつだいらさだのぶ)は、江戸で旗本(はたもと)や御家人(ごけにん)の生活難を救うため、町人からの借金を帳消しにしました。社会の秩序の乱れを正すため、庶民が読む出版物の内容を取り締まりました。幕府の学校では朱子学(しゅしがく)以外の儒学を禁止し、試験による人材登用も進めました。さらに、軽犯罪者の更生のために人足寄場(にんそくよせば)をつくりました。
読解トレーニング問題
① 借金の帳消しによって生活難を救おうとしたのは、どのような人々ですか。
答え
旗本(はたもと)や御家人(ごけにん)。
② 幕府の学校では、何という学問以外の儒学を禁止しましたか。
答え
朱子学(しゅしがく)。
③ 人足寄場(にんそくよせば)は、何のためにつくられましたか。
答え
軽犯罪者の更生のため。
9
寛政の改革(かんせいのかいかく)は、どのような成果と課題を残しましたか。
読解トレーニング問題
① 寛政の改革(かんせいのかいかく)に対して、どのような批判がありましたか。
② 飢きんへの備えは、いつまで有効に働きましたか。
③ ロシア船が接近したことで、幕府は何への対策を迫られましたか。
答え
厳しさへの批判はあったが、改革の方針は19世紀初めまで幕府の基本政策となり、飢きんへの備えは幕末まで有効に働いた。
【解説】
寛政の改革(かんせいのかいかく)には、その厳しさへの批判もありました。しかし、松平定信(まつだいらさだのぶ)が老中を辞任した後も、改革の方針は19世紀初めまで幕府の基本政策となりました。特に飢きんへの備えは、幕末まで有効に働きました。一方、このころ通商を求めるロシア船が接近し、幕府は海防(かいぼう)への対策にも迫られました。
【解説】
寛政の改革(かんせいのかいかく)には、その厳しさへの批判もありました。しかし、松平定信(まつだいらさだのぶ)が老中を辞任した後も、改革の方針は19世紀初めまで幕府の基本政策となりました。特に飢きんへの備えは、幕末まで有効に働きました。一方、このころ通商を求めるロシア船が接近し、幕府は海防(かいぼう)への対策にも迫られました。
読解トレーニング問題
① 寛政の改革(かんせいのかいかく)に対して、どのような批判がありましたか。
答え
改革の厳しさへの批判。
② 飢きんへの備えは、いつまで有効に働きましたか。
答え
幕末まで。
③ ロシア船が接近したことで、幕府は何への対策を迫られましたか。
答え
海防(かいぼう)への対策。
④ 諸藩の改革――米沢藩
10
米沢藩で産業の発達や倹約によって財政を改善した藩主は誰ですか。
読解トレーニング問題
① 上杉治憲(うえすぎはるのり)が栽培を奨励した商品作物を二つ答えなさい。
② 米沢藩は、商品をどこで販売しましたか。
③ 上杉治憲(うえすぎはるのり)が飢きんに備えて奨励したことを二つ答えなさい。
答え
上杉治憲(うえすぎはるのり/鷹山)。
【解説】
米沢藩の上杉治憲(うえすぎはるのり)は、藩の財政難を立て直すため、大規模な開墾を行いました。桑や漆などの商品作物の栽培を奨励し、織物業も導入して、江戸で商品を販売しました。産業の発達と倹約によって藩の財政は改善し、諸藩の改革の先駆けとなりました。また、飢きんに備えて米の貯蔵や、食用の鯉の養殖を奨励しました。
【解説】
米沢藩の上杉治憲(うえすぎはるのり)は、藩の財政難を立て直すため、大規模な開墾を行いました。桑や漆などの商品作物の栽培を奨励し、織物業も導入して、江戸で商品を販売しました。産業の発達と倹約によって藩の財政は改善し、諸藩の改革の先駆けとなりました。また、飢きんに備えて米の貯蔵や、食用の鯉の養殖を奨励しました。
読解トレーニング問題
① 上杉治憲(うえすぎはるのり)が栽培を奨励した商品作物を二つ答えなさい。
答え
桑と漆。
② 米沢藩は、商品をどこで販売しましたか。
答え
江戸。
③ 上杉治憲(うえすぎはるのり)が飢きんに備えて奨励したことを二つ答えなさい。
答え
米の貯蔵と、食用の鯉の養殖。
⑤ 江戸の人々の娯楽
11
江戸で火災の拡大を防ぐために設けられ、のちに人々の盛り場にもなった広場を何といいますか。
読解トレーニング問題
① 江戸で火災の被害が広がりやすかったのは、どのような家屋が密集していたからですか。
② 橋のたもとに大きな広場ができたのは、橋が何として重要だったからですか。
③ 広場では、どのようなことが行われるようになりましたか。二つ以上答えなさい。
答え
火除地(ひよけち)。
【解説】
江戸では木造家屋が密集し、火災が起こると被害が広がりやすくなっていました。幕府は火災の拡大を防ぐため、建物を設けない広場である火除地(ひよけち)を町のあちこちに置きました。避難経路として重要な橋のたもとにも大きな広場ができました。そこに仮設の小屋が建ち、興行や飲食、物の売買が行われる繁華街になりました。
【解説】
江戸では木造家屋が密集し、火災が起こると被害が広がりやすくなっていました。幕府は火災の拡大を防ぐため、建物を設けない広場である火除地(ひよけち)を町のあちこちに置きました。避難経路として重要な橋のたもとにも大きな広場ができました。そこに仮設の小屋が建ち、興行や飲食、物の売買が行われる繁華街になりました。
読解トレーニング問題
① 江戸で火災の被害が広がりやすかったのは、どのような家屋が密集していたからですか。
答え
木造家屋。
② 橋のたもとに大きな広場ができたのは、橋が何として重要だったからですか。
答え
避難経路。
③ 広場では、どのようなことが行われるようになりましたか。二つ以上答えなさい。
答え
興行、飲食、物の売買。
12
江戸時代に相撲は、どのようにして庶民の娯楽として広まりましたか。
読解トレーニング問題
① 相撲は、もともとどこの年中行事でしたか。
② 江戸時代に力士たちを支援したのは、どのような人々ですか。
③ 人気力士の雷電(らいでん)の出身地と、お抱えとなった藩を答えなさい。
答え
大名が支援する力士たちが競い、その後、興行が定期的に開催されて人気を得た。
【解説】
相撲は、もともと朝廷の年中行事でした。江戸時代になると、大名が支援するお抱えの力士たちが競うようになりました。その後、興行が定期的に開催され、庶民の娯楽として人気を得ました。信濃出身で松江藩お抱えの雷電(らいでん)など、人気力士も現れました。
【解説】
相撲は、もともと朝廷の年中行事でした。江戸時代になると、大名が支援するお抱えの力士たちが競うようになりました。その後、興行が定期的に開催され、庶民の娯楽として人気を得ました。信濃出身で松江藩お抱えの雷電(らいでん)など、人気力士も現れました。
読解トレーニング問題
① 相撲は、もともとどこの年中行事でしたか。
答え
朝廷。
② 江戸時代に力士たちを支援したのは、どのような人々ですか。
答え
大名。
③ 人気力士の雷電(らいでん)の出身地と、お抱えとなった藩を答えなさい。
答え
出身地は信濃、お抱えとなった藩は松江藩。
⑥ 資料問題――図・グラフ・コラムを確認
資料の確認場所
148ページ:百姓一揆(ひゃくしょういっき)・打ちこわし(うちこわし)の発生件数のグラフ、連判状(れんぱんじょう)。
149ページ:田沼政治期の財政収支のグラフ、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)、義倉(ぎそう)。
150ページ:伊勢参り(いせまいり)、両国橋の花火、相撲の絵。
148ページ:百姓一揆(ひゃくしょういっき)・打ちこわし(うちこわし)の発生件数のグラフ、連判状(れんぱんじょう)。
149ページ:田沼政治期の財政収支のグラフ、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)、義倉(ぎそう)。
150ページ:伊勢参り(いせまいり)、両国橋の花火、相撲の絵。
13
【資料問題・148ページ】一揆の参加者が円形に署名した「連判状(れんぱんじょう)」は、何を表していますか。
読解トレーニング問題
① 連判状(れんぱんじょう)に署名したのは、何の参加者ですか。
② 連判状(れんぱんじょう)の署名は、どのような形に並んでいますか。
③ 同じページのグラフでは、発生件数と何の時期との関係を確認できますか。
答え
参加者が連帯して責任をとること。
【解説】
148ページには、百姓一揆(ひゃくしょういっき)の参加者が署名した連判状(れんぱんじょう)が掲載されています。参加者は、連帯して責任をとることを表すため、円形に署名しました。同じページのグラフには、百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)の発生件数が示されています。グラフでは、大きな飢きんが起こった時期と発生件数の関係を確認できます。
【解説】
148ページには、百姓一揆(ひゃくしょういっき)の参加者が署名した連判状(れんぱんじょう)が掲載されています。参加者は、連帯して責任をとることを表すため、円形に署名しました。同じページのグラフには、百姓一揆(ひゃくしょういっき)と打ちこわし(うちこわし)の発生件数が示されています。グラフでは、大きな飢きんが起こった時期と発生件数の関係を確認できます。
読解トレーニング問題
① 連判状(れんぱんじょう)に署名したのは、何の参加者ですか。
答え
百姓一揆(ひゃくしょういっき)の参加者。
② 連判状(れんぱんじょう)の署名は、どのような形に並んでいますか。
答え
円形。
③ 同じページのグラフでは、発生件数と何の時期との関係を確認できますか。
答え
大きな飢きんが起こった時期。
14
【資料問題・149ページ】南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は何枚で金1両と交換できましたか。
読解トレーニング問題
① 南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は、何をもとにつくられましたか。
② 従来の銀貨は、どのように価値を決めていましたか。
③ 田沼の政治期の財政収支は、米と金を合わせると当初どうなりましたか。
答え
8枚。
【解説】
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は、輸入した金銀をもとにつくられた貨幣です。8枚で金1両と交換できました。従来の銀貨は重さをはかって価値を決めていましたが、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)によって金貨と銀貨の交換がしやすくなりました。同じ149ページの財政収支のグラフでは、田沼の政治期に米と金を合わせると当初は黒字になったことが示されています。
【解説】
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は、輸入した金銀をもとにつくられた貨幣です。8枚で金1両と交換できました。従来の銀貨は重さをはかって価値を決めていましたが、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)によって金貨と銀貨の交換がしやすくなりました。同じ149ページの財政収支のグラフでは、田沼の政治期に米と金を合わせると当初は黒字になったことが示されています。
読解トレーニング問題
① 南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は、何をもとにつくられましたか。
答え
輸入した金銀。
② 従来の銀貨は、どのように価値を決めていましたか。
答え
重さをはかって価値を決めていた。
③ 田沼の政治期の財政収支は、米と金を合わせると当初どうなりましたか。
答え
黒字になった。
15
【資料問題・150ページ】庶民が寺社への参詣を名目に行った、憧れの旅の一つは何ですか。
読解トレーニング問題
① 庶民は、何を名目に旅をすることができましたか。
② 「おかげ年」は、何年に一度でしたか。
③ 同じページには、伊勢参り(いせまいり)のほかにどのような娯楽の絵が掲載されていますか。二つ答えなさい。
答え
伊勢参り(いせまいり)。
【解説】
江戸時代、庶民の自由な旅行は原則として禁止されていましたが、寺社への参詣を名目に旅をすることができました。なかでも伊勢神宮への参詣は、庶民にとって一生に一度は行きたい憧れの旅でした。150ページの絵には、60年に一度の「おかげ年」に、多くの人々が参詣する様子が描かれています。同じページには、両国橋の花火大会や相撲の興行を描いた絵も掲載されています。
【解説】
江戸時代、庶民の自由な旅行は原則として禁止されていましたが、寺社への参詣を名目に旅をすることができました。なかでも伊勢神宮への参詣は、庶民にとって一生に一度は行きたい憧れの旅でした。150ページの絵には、60年に一度の「おかげ年」に、多くの人々が参詣する様子が描かれています。同じページには、両国橋の花火大会や相撲の興行を描いた絵も掲載されています。
読解トレーニング問題
① 庶民は、何を名目に旅をすることができましたか。
答え
寺社への参詣。
② 「おかげ年」は、何年に一度でしたか。
答え
60年に一度。
③ 同じページには、伊勢参り(いせまいり)のほかにどのような娯楽の絵が掲載されていますか。二つ答えなさい。
答え
両国橋の花火大会と相撲の興行。
⑦ 学習課題に答えるまとめ問題
16
【まとめ問題】百姓の要求と幕府の財政難に対して、幕府はどのような対応を行いましたか。田沼意次(たぬまおきつぐ)と松平定信(まつだいらさだのぶ)の政策の違いにもふれて説明しなさい。
読解トレーニング問題
① 百姓が領主に求めたことを二つ答えなさい。
② 田沼意次(たぬまおきつぐ)は、何だけに頼る政策を転換しましたか。
③ 松平定信(まつだいらさだのぶ)が寛政の改革(かんせいのかいかく)で取り組んだことを二つ答えなさい。
答え
幕府は身分の秩序を引き締める法令を出して体制の維持を図った。田沼意次(たぬまおきつぐ)は商業を重視して財政を立て直そうとし、松平定信(まつだいらさだのぶ)は寛政の改革(かんせいのかいかく)で質素・倹約、農村の立て直し、米の備蓄などを進めた。
【解説】
百姓は年貢の減免や不正な役人の交代を求め、訴えが退けられると百姓一揆(ひゃくしょういっき)を起こすことがありました。都市でも打ちこわし(うちこわし)が起こり、幕府は身分の秩序を引き締める法令を出して体制の維持を図りました。田沼意次(たぬまおきつぐ)は年貢だけに頼る政策を転換し、商業を重視して幕府の収入を増やそうとしました。田沼の後の松平定信(まつだいらさだのぶ)は、寛政の改革(かんせいのかいかく)で質素・倹約を掲げ、農村の立て直しや米の備蓄などに取り組みました。
【解説】
百姓は年貢の減免や不正な役人の交代を求め、訴えが退けられると百姓一揆(ひゃくしょういっき)を起こすことがありました。都市でも打ちこわし(うちこわし)が起こり、幕府は身分の秩序を引き締める法令を出して体制の維持を図りました。田沼意次(たぬまおきつぐ)は年貢だけに頼る政策を転換し、商業を重視して幕府の収入を増やそうとしました。田沼の後の松平定信(まつだいらさだのぶ)は、寛政の改革(かんせいのかいかく)で質素・倹約を掲げ、農村の立て直しや米の備蓄などに取り組みました。
読解トレーニング問題
① 百姓が領主に求めたことを二つ答えなさい。
答え
年貢の減免と不正な役人の交代。
② 田沼意次(たぬまおきつぐ)は、何だけに頼る政策を転換しましたか。
答え
年貢だけに頼る政策。
③ 松平定信(まつだいらさだのぶ)が寛政の改革(かんせいのかいかく)で取り組んだことを二つ答えなさい。
答え
農村の立て直しと米の備蓄。
重要年号・時期――最後の確認
18世紀後半:田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となり、商業を重視する政策を進める。
天明の飢きん(てんめいのききん):冷害や浅間山の噴火などを背景に起こり、百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発する。
19世紀初めまで:寛政の改革(かんせいのかいかく)の方針が幕府の基本政策として続く。
1857年:教科書149ページに掲載された義倉(ぎそう)が、町人の主導で建てられる。
18世紀後半:田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中となり、商業を重視する政策を進める。
天明の飢きん(てんめいのききん):冷害や浅間山の噴火などを背景に起こり、百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発する。
19世紀初めまで:寛政の改革(かんせいのかいかく)の方針が幕府の基本政策として続く。
1857年:教科書149ページに掲載された義倉(ぎそう)が、町人の主導で建てられる。
重要語句――組み合わせの確認
百姓一揆(ひゃくしょういっき) → 百姓が領主などに要求を示す集団行動
打ちこわし(うちこわし) → 都市の貧しい人々などによる、米を買い占めた商人への行動
田沼意次(たぬまおきつぐ) → 商業を重視した老中
株仲間(かぶなかま) → 商工業者たちの仲間。田沼は認めて税を納めさせた
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん) → 8枚で金1両と交換できる貨幣
天明の飢きん(てんめいのききん) → 冷害や浅間山の噴火などを背景に起こった飢きん
松平定信(まつだいらさだのぶ) → 寛政の改革(かんせいのかいかく)を進めた老中
寛政の改革(かんせいのかいかく) → 質素・倹約、農村・財政・秩序の立て直しなどの政策
朱子学(しゅしがく) → 定信が幕府の学校で、ほかの儒学より優先させた学問
人足寄場(にんそくよせば) → 軽犯罪者の更生のための施設
上杉治憲(うえすぎはるのり)(鷹山(ようざん)) → 米沢藩で産業の発達と倹約を進めた藩主
義倉(ぎそう) → 飢きんに備えて米を保存する施設
火除地(ひよけち) → 火災の拡大を防ぐための、建物を設けない広場
伊勢参り(いせまいり) → 伊勢神宮への参詣
雷電(らいでん) → 信濃出身で松江藩お抱えの人気力士
百姓一揆(ひゃくしょういっき) → 百姓が領主などに要求を示す集団行動
打ちこわし(うちこわし) → 都市の貧しい人々などによる、米を買い占めた商人への行動
田沼意次(たぬまおきつぐ) → 商業を重視した老中
株仲間(かぶなかま) → 商工業者たちの仲間。田沼は認めて税を納めさせた
南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん) → 8枚で金1両と交換できる貨幣
天明の飢きん(てんめいのききん) → 冷害や浅間山の噴火などを背景に起こった飢きん
松平定信(まつだいらさだのぶ) → 寛政の改革(かんせいのかいかく)を進めた老中
寛政の改革(かんせいのかいかく) → 質素・倹約、農村・財政・秩序の立て直しなどの政策
朱子学(しゅしがく) → 定信が幕府の学校で、ほかの儒学より優先させた学問
人足寄場(にんそくよせば) → 軽犯罪者の更生のための施設
上杉治憲(うえすぎはるのり)(鷹山(ようざん)) → 米沢藩で産業の発達と倹約を進めた藩主
義倉(ぎそう) → 飢きんに備えて米を保存する施設
火除地(ひよけち) → 火災の拡大を防ぐための、建物を設けない広場
伊勢参り(いせまいり) → 伊勢神宮への参詣
雷電(らいでん) → 信濃出身で松江藩お抱えの人気力士
学習課題のまとめ――暗記する順番
百姓の要求:年貢の減免・不正な役人の交代
↓
百姓一揆(ひゃくしょういっき)・打ちこわし(うちこわし):訴えが退けられたり、米の買い占めが起きたりして発生。幕府は身分の秩序を引き締める。
↓
田沼意次(たぬまおきつぐ):商業重視。株仲間(かぶなかま)を認めて課税し、海産物の輸出、金銀の輸入、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)などで収入拡大を図る。
↓
天明の飢きん(てんめいのききん)と批判:百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発し、田沼が老中を退く。
↓
松平定信(まつだいらさだのぶ)の寛政の改革(かんせいのかいかく):質素・倹約、農村の立て直し、米の備蓄、借金の帳消し、出版物の取り締まりなどを進める。
↓
改革を比べる:田沼意次(たぬまおきつぐ)は商業を重視し、松平定信(まつだいらさだのぶ)は農村の立て直し・飢きんへの備え・秩序の引き締めを重視した。
百姓の要求:年貢の減免・不正な役人の交代
↓
百姓一揆(ひゃくしょういっき)・打ちこわし(うちこわし):訴えが退けられたり、米の買い占めが起きたりして発生。幕府は身分の秩序を引き締める。
↓
田沼意次(たぬまおきつぐ):商業重視。株仲間(かぶなかま)を認めて課税し、海産物の輸出、金銀の輸入、南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)などで収入拡大を図る。
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天明の飢きん(てんめいのききん)と批判:百姓一揆(ひゃくしょういっき)や打ちこわし(うちこわし)が多発し、田沼が老中を退く。
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松平定信(まつだいらさだのぶ)の寛政の改革(かんせいのかいかく):質素・倹約、農村の立て直し、米の備蓄、借金の帳消し、出版物の取り締まりなどを進める。
↓
改革を比べる:田沼意次(たぬまおきつぐ)は商業を重視し、松平定信(まつだいらさだのぶ)は農村の立て直し・飢きんへの備え・秩序の引き締めを重視した。
