歴史教科書151~153ページ 3  江戸の庶民が担った化政文化

教科書





③ 江戸の庶民が担った化政文化(かせいぶんか)(教科書151~153ページ)

学習課題
江戸時代後半には、どのような特色をもった文化が展開したのだろうか。
重要年号・時期――最初の確認
18世紀ごろ:町人や百姓の間で教育が盛んになり、寺子屋(てらこや)が増える。
19世紀初め(文化・文政期(ぶんか・ぶんせいき)を中心):江戸の庶民による化政文化(かせいぶんか)が花開く。
1849年:天然痘(てんねんとう)を予防するワクチンが長崎へ輸入される。
※教科書本文に具体的な年が示されていない出来事には、年号を補っていません。
重要語句――最初の確認
化政文化(かせいぶんか) → 19世紀初めを中心に花開いた江戸の庶民による文化
寄席(よせ) → 落語を楽しむ場
川柳(せんりゅう)・狂歌(きょうか) → 政治や庶民の生活を風刺してよむもの
与謝蕪村(よさぶそん) → 情景を巧みに表現した俳諧(はいかい)
小林一茶(こばやしいっさ) → 農民の感情をくみとった俳諧(はいかい)
錦絵(にしきえ) → 多色刷りの浮世絵(うきよえ)の版画
東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく) → 歌舞伎(かぶき)の役者絵
喜多川歌麿(きたがわうたまろ) → 美人画
葛飾北斎(かつしかほくさい)・歌川(安藤)広重(うたがわ(あんどう)ひろしげ) → 風景画
十返舎一九(じっぺんしゃいっく) → 『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)
曲亭(滝沢)馬琴(きょくてい(たきざわ)ばきん) → 『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)
国学(こくがく)・本居宣長(もとおりのりなが) → 日本古来の精神を学ぶ学問・『古事記伝』(こじきでん)
蘭学(らんがく)・杉田玄白(すぎたげんぱく)・前野良沢(まえのりょうたく) → 西洋の学問の研究・『解体新書』(かいたいしんしょ)
平賀源内(ひらがげんない) → 日本で初めて発電機や寒暖計をつくる
伊能忠敬(いのうただたか) → 正確な日本地図を作製
寺子屋(てらこや) → 読み・書き・そろばんを学ぶ場
私塾(しじゅく) → 学者などが開く学びの場
藩校(はんこう) → 藩が武士の子弟を育成する学校
学習課題のまとめ――最初に流れをつかもう
文化の中心が移動:経済の中心が江戸へ移り、文化の中心も上方(かみがた)から江戸へ移った。
↓
化政文化(かせいぶんか):19世紀初めを中心に、江戸の庶民が歌舞伎(かぶき)・寄席(よせ)・相撲(すもう)などを楽しんだ。
↓
文化の広がり:印刷技術の発達で浮世絵(うきよえ)や本が広まり、旅や交流を通じて地方にも伝わった。
↓
学問の発展:国学(こくがく)・蘭学(らんがく)が発展し、医学や測量術などの知識も広がった。
↓
教育の広がり:寺子屋(てらこや)・私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)などを通じ、近代へ続く教育の土台ができた。

① 江戸の庶民が担った化政文化(かせいぶんか)(151ページ)

1江戸時代後半、文化の中心は上方(かみがた)からどこへ移りましたか。
答え
江戸
【解説】
田沼意次(たぬまおきつぐ)は、経済の中心を江戸へ移す政策を進めました。それに伴い、文化の中心も上方(かみがた)から江戸へ移りました。このころは貨幣の改鋳(かいちゅう)によって多くのお金が回り、大飢きんも起こらなかったため、裕福な町人だけでなく庶民も娯楽を楽しむようになりました。

読解トレーニング問題
① 経済の中心を江戸へ移す政策を進めたのは誰ですか。
答え
田沼意次(たぬまおきつぐ)

② 文化の中心は、どこから江戸へ移りましたか。
答え
上方(かみがた)

③ 庶民も娯楽を楽しむようになった背景を二つ答えなさい。
答え
貨幣の改鋳(かいちゅう)によって多くのお金が回ったことと、大飢きんも起こらなかったこと。


219世紀初めの文化・文政期(ぶんか・ぶんせいき)を中心に花開いた、江戸の庶民による文化を何といいますか。
答え
化政文化(かせいぶんか)
【解説】
化政文化(かせいぶんか)は、19世紀初めの文化・文政期(ぶんか・ぶんせいき)を中心に花開いた、江戸の庶民による文化です。歌舞伎(かぶき)はさらに人気を集め、落語を楽しむ寄席(よせ)や相撲(すもう)も庶民に広く親しまれました。文化の中心が上方(かみがた)から江戸へ移り、裕福な町人だけでなく庶民も娯楽を楽しむようになったことが特色です。

読解トレーニング問題
① この文化が花開いたのは、何世紀の初めですか。
答え
19世紀の初め

② 落語を楽しむ場を何といいますか。
答え
寄席(よせ)

③ 庶民に広く親しまれた娯楽を、寄席(よせ)以外に二つ答えなさい。
答え
歌舞伎(かぶき)と相撲(すもう)


3幕府の政治や庶民の生活を風刺してよむものとして、流行した二つを答えなさい。
答え
川柳(せんりゅう)・狂歌(きょうか)
【解説】
化政文化(かせいぶんか)のころ、幕府の政治や庶民の生活を風刺してよむ川柳(せんりゅう)や狂歌(きょうか)が流行しました。風刺とは、社会の様子などを批判や皮肉を込めて表すことです。一方、俳諧(はいかい)では、情景を巧みに表現した与謝蕪村(よさぶそん)や、農民の感情をくみとった小林一茶(こばやしいっさ)が評判を得ました。川柳(せんりゅう)・狂歌(きょうか)と俳諧(はいかい)では、教科書が紹介する表現の特色を区別して覚えましょう。

読解トレーニング問題
① 風刺とは、どのように表すことですか。
答え
社会の様子などを批判や皮肉を込めて表すこと。

② 情景を巧みに表現した俳諧(はいかい)の作者は誰ですか。
答え
与謝蕪村(よさぶそん)

③ 小林一茶(こばやしいっさ)は、誰のどのようなものをくみとった俳諧(はいかい)で評判を得ましたか。
答え
農民の感情


② 浮世絵(うきよえ)・出版・旅の広がり(151~152ページ)

4印刷技術の発達を背景に登場した、多色刷りの浮世絵(うきよえ)の版画を何といいますか。
答え
錦絵(にしきえ)
【解説】
印刷技術の発達を背景に、浮世絵(うきよえ)の中に錦絵(にしきえ)とよばれる多色刷りの版画が登場しました。東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)は歌舞伎(かぶき)の人気役者を描き、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)は美人画を描いて活躍しました。浮世絵(うきよえ)には役者や美人など、当時の人々が関心を寄せる題材が描かれました。

読解トレーニング問題
① 多色刷りの版画が登場した背景には、何の発達がありましたか。
答え
印刷技術の発達

② 東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)は、どのような人物を描きましたか。
答え
歌舞伎(かぶき)の人気役者

③ 喜多川歌麿(きたがわうたまろ)は、どのような絵を描きましたか。
答え
美人画


5街道などの風景画を描き、人々の旅心をかきたてた二人の浮世絵(うきよえ)師は誰ですか。
答え
葛飾北斎(かつしかほくさい)・歌川(安藤)広重(うたがわ(あんどう)ひろしげ)
【解説】
生活にゆとりができた百姓も、寺社参詣(じしゃさんけい)などの旅に出かけるようになりました。葛飾北斎(かつしかほくさい)や歌川(安藤)広重(うたがわ(あんどう)ひろしげ)は、街道などの風景画を描いて人々の旅心をかきたてました。北斎は『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』(ふがくさんじゅうろっけい かながわおきなみうら)などで、富士山の姿を大胆な構図と色使いで描きました。風景画は、旅への関心と結びついていました。

読解トレーニング問題
① 生活にゆとりができた百姓は、何などの旅に出かけましたか。
答え
寺社参詣(じしゃさんけい)などの旅

② 北斎の作品で、描かれている山は何ですか。
答え
富士山

③ 北斎は、どのような構図と色使いで富士山を描きましたか。
答え
大胆な構図と色使い


6『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)と『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)の作者を、それぞれ答えなさい。
答え
『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)=十返舎一九(じっぺんしゃいっく)
『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)=曲亭(滝沢)馬琴(きょくてい(たきざわ)ばきん)
【解説】
このころ、本も数多く印刷されるようになりました。十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)は、旅先の出来事や名所を描き、旅の案内書として評判になりました。曲亭(滝沢)馬琴(きょくてい(たきざわ)ばきん)の『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)などの長編小説も、多くの人々に読まれました。印刷物や旅先での人々の交流によって、江戸の文化は地方にも伝わりました。

読解トレーニング問題
① 『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)は、旅先の何を描きましたか。二つ答えなさい。
答え
旅先の出来事と名所

② 『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)は、何として評判になりましたか。
答え
旅の案内書

③ 江戸の文化が地方にも伝わったきっかけを二つ答えなさい。
答え
印刷物と、旅先での人々の交流。


③ 国学(こくがく)と蘭学(らんがく)(152~153ページ)

7日本古来の精神に学ぼうとする学問を何といい、『古事記伝』(こじきでん)を書いて大成させた人物は誰ですか。
答え
国学(こくがく)・本居宣長(もとおりのりなが)
【解説】
武士の学問として儒学(じゅがく)が奨励される一方、仏教や儒教(じゅきょう)が伝わる前の日本古来の精神に学ぼうとする国学(こくがく)がおこりました。本居宣長(もとおりのりなが)は『古事記伝』(こじきでん)を書き、国学(こくがく)を大成させました。国学(こくがく)は、天皇を尊ぶ考えである尊王(そんのう)や、当時の社会を批判する考えに結びつきました。その考えは、幕末(ばくまつ)の尊王攘夷運動(そんのうじょういうんどう)にも影響を与えました。

読解トレーニング問題
① 当時、武士の学問として奨励されていたのは何ですか。
答え
儒学(じゅがく)

② 尊王(そんのう)とは、どのような考えですか。
答え
天皇を尊ぶ考え

③ 国学(こくがく)の考えは、幕末(ばくまつ)の何という運動にも影響を与えましたか。
答え
尊王攘夷運動(そんのうじょういうんどう)


8徳川吉宗(とくがわよしむね)が漢訳洋書(かんやくようしょ)の輸入禁止を緩めたことで盛んになった、西洋の学問を研究する学問を何といいますか。
答え
蘭学(らんがく)
【解説】
徳川吉宗(とくがわよしむね)が漢訳洋書(かんやくようしょ)の輸入禁止を緩めたことで、西洋の学問を研究する蘭学(らんがく)が盛んになりました。江戸では、医師の杉田玄白(すぎたげんぱく)と前野良沢(まえのりょうたく)らがオランダ語の人体解剖書を翻訳し、『解体新書』(かいたいしんしょ)を出版しました。また、平賀源内(ひらがげんない)は日本で初めて発電機や寒暖計をつくりました。蘭学(らんがく)の広がりは、医学や科学技術に関する知識の発展と結びついていました。

読解トレーニング問題
① 徳川吉宗(とくがわよしむね)は、何の輸入禁止を緩めましたか。
答え
漢訳洋書(かんやくようしょ)

② 杉田玄白(すぎたげんぱく)と前野良沢(まえのりょうたく)らが翻訳したのは、何語のどのような本ですか。
答え
オランダ語の人体解剖書

③ 平賀源内(ひらがげんない)が日本で初めてつくったものを二つ答えなさい。
答え
発電機と寒暖計


9西洋の知識によって進歩した測量術をもとに、正確な日本地図を作製した人物は誰ですか。
答え
伊能忠敬(いのうただたか)
【解説】
上方(かみがた)では学者たちが私塾(しじゅく)をつくって町人や百姓と学び、長崎ではオランダ商館の医師シーボルト(しーぼると)が蘭学(らんがく)者や医学者を育てました。西洋の知識によって測量術が進歩し、伊能忠敬(いのうただたか)はその技術をもとに正確な日本地図を作製しました。測量術や天文学が進歩した背景には、外国船の来航によって正確な日本地図が必要になったことがありました。測量の基礎技術である和算(わさん)が広まったことも、その背景の一つです。

読解トレーニング問題
① 長崎で蘭学(らんがく)者や医学者を育てたのは誰ですか。
答え
オランダ商館の医師シーボルト(しーぼると)

② 正確な日本地図が必要になったのは、何が来航したためですか。
答え
外国船

③ 測量の基礎技術として広まったものは何ですか。
答え
和算(わさん)


④ 広がる教育(153ページ)

1018世紀ごろから増え、町人や百姓の子どもが読み・書き・そろばんを学んだ場所を何といいますか。
答え
寺子屋(てらこや)
【解説】
18世紀ごろから、町人や百姓の間で教育が盛んになり、寺子屋(てらこや)が増えました。寺子屋(てらこや)では、商売や農村の運営に役立てるため、読み・書き・そろばんが学ばれました。僧侶や浪人などが先生となり、子ども一人一人に課題を与えて教えていました。こうした教育の広がりによって、幕末(ばくまつ)には文字を読める人の割合が世界的にも高い水準になりました。

読解トレーニング問題
① 寺子屋(てらこや)で学んだことを三つ答えなさい。
答え
読み・書き・そろばん

② 寺子屋(てらこや)では、どのような人たちが先生になりましたか。
答え
僧侶や浪人など

③ 幕末(ばくまつ)には、文字を読める人の割合はどのような水準になりましたか。
答え
世界的にも高い水準


11学者などが開く学びの場と、藩が武士の子弟のためにつくった学校を、それぞれ何といいますか。
答え
私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)
【解説】
各地に私塾(しじゅく)ができ、読書を通じた仲間組織も結成されました。儒学(じゅがく)・蘭学(らんがく)・国学(こくがく)を深く学ぶ裕福な町人や農民も現れました。一方、諸藩は藩政改革(はんせいかいかく)の中で教育を重視し、藩に仕える武士の子弟のために藩校(はんこう)をつくって人材を育成しました。こうして、近代へ続く教育の土台が日本社会にできました。

読解トレーニング問題
① 読書を通じて結成されたのは、どのような組織ですか。
答え
仲間組織

② 裕福な町人や農民が深く学んだ学問を三つ答えなさい。
答え
儒学(じゅがく)・蘭学(らんがく)・国学(こくがく)

③ 諸藩が学校をつくって人材を育成したのは、何を重視したためですか。
答え
藩政改革(はんせいかいかく)の中で教育を重視したため。


⑤ 資料・コラム問題(本文とは別に確認)

資料問題1|151~152ページ:歌舞伎(かぶき)・本屋・浮世絵(うきよえ)
12歌舞伎(かぶき)の劇場や江戸の本屋の資料から、庶民の娯楽や読書はどのように広がったとわかりますか。
答え
歌舞伎(かぶき)を一日中楽しむ人が増え、浮世絵(うきよえ)や小説などの出版物も庶民に広く読まれるようになった。
【解説】
歌舞伎(かぶき)には常設の芝居小屋が設けられ、演出などの工夫によって人気が高まりました。観客は飲食や会話をしながら、一日中歌舞伎(かぶき)を楽しみました。江戸の本屋には浮世絵(うきよえ)や長編小説が並び、ベストセラーも生まれました。安い値段で本を貸す店も増え、出版物は庶民にまで広く読まれるようになりました。

読解トレーニング問題
① 歌舞伎(かぶき)の人気が高まったのは、演出などにどのようなことが行われたためですか。
答え
工夫が行われたため。

② 観客は歌舞伎(かぶき)を楽しみながら、どのようなことをしていましたか。二つ答えなさい。
答え
飲食と会話

③ 出版物が庶民にまで広く読まれるようになった背景として、どのような店が増えましたか。
答え
安い値段で本を貸す店
資料問題2|152ページ:浮世絵(うきよえ)とヨーロッパ
13浮世絵(うきよえ)などの日本美術がヨーロッパの絵画に与えた影響は、何とよばれましたか。
答え
ジャポニスム
【解説】
江戸の人々や生活風景を題材とした多色刷りの浮世絵(うきよえ)は、当時のヨーロッパでは珍しいものでした。浮世絵(うきよえ)の大胆な構図や、コントラストをはっきりさせる色使いは、ヨーロッパの絵画にも影響を与えました。教科書では、その影響を受けた画家としてゴッホやモネが挙げられています。日本美術の影響は「ジャポニスム」とよばれました。

読解トレーニング問題
① 浮世絵(うきよえ)は、どのような人々や風景を題材としていましたか。
答え
江戸の人々や生活風景

② ヨーロッパの絵画に影響を与えた浮世絵(うきよえ)の表現を二つ答えなさい。
答え
大胆な構図と、コントラストをはっきりさせる色使い。

③ 教科書で挙げられているヨーロッパの画家を二人答えなさい。
答え
ゴッホとモネ
資料問題3|152ページ:『解体新書』(かいたいしんしょ)と種痘(しゅとう)
141849年に長崎へ輸入されたワクチンは、何という病気の予防に用いられましたか。
答え
天然痘(てんねんとう)
【解説】
天然痘(てんねんとう)は世界中で流行し、日本でもたびたび多くの犠牲者を出しました。18世紀末に、種痘(しゅとう)とよばれるワクチン接種による予防法が見つかり、1849年にワクチンが長崎へ輸入されました。佐賀藩では藩主一族が率先して種痘(しゅとう)を行い、接種に成功したことで各地に広まりました。教科書の絵には、佐賀藩主の鍋島直正(なべしまなおまさ)が子どもにワクチンを接種させる様子が描かれています。

読解トレーニング問題
① ワクチン接種による予防法が見つかったのは、何世紀の末ですか。
答え
18世紀の末

② 佐賀藩で種痘(しゅとう)が各地に広まるきっかけとなったのは、誰が率先して接種に成功したことですか。
答え
藩主一族

③ 教科書の絵に描かれている佐賀藩主は誰ですか。
答え
鍋島直正(なべしまなおまさ)
資料問題4|153ページ:伊能忠敬(いのうただたか)の測量
15伊能忠敬(いのうただたか)は何歳で測量の旅に出発し、約何年かけて各地を測量しましたか。
答え
56歳・約17年
【解説】
伊能忠敬(いのうただたか)は、佐原(さわら)の商人として成功し、村名主(むらなぬし)も務めました。隠居した後、56歳で幕府の許可を得て測量の旅に出発しました。約17年かけて、北は蝦夷地(えぞち)から南は九州の屋久島(やくしま)まで各地を測量し、隠居後に学んだ天文の知識も生かしました。忠敬の地図をもとに明治以降も地図がつくられ、北海道の地図作製には間宮林蔵(まみやりんぞう)も貢献しました。

読解トレーニング問題
① 伊能忠敬(いのうただたか)は、測量の旅に出る前にどのような仕事や役目をしていましたか。二つ答えなさい。
答え
佐原(さわら)の商人と村名主(むらなぬし)

② 測量した範囲の北端と南端を答えなさい。
答え
北は蝦夷地(えぞち)、南は九州の屋久島(やくしま)。

③ 北海道の地図作製に貢献した人物は誰ですか。
答え
間宮林蔵(まみやりんぞう)
資料問題5|153ページ:寺子屋(てらこや)のグラフと閑谷学校(しずたにがっこう)
16寺子屋(てらこや)の開業数のグラフから、江戸時代後期の教育についてどのような変化が読み取れますか。
答え
寺子屋(てらこや)の開業数が増え、町人や百姓の間で教育が広がったこと。
【解説】
153ページのグラフでは、寺子屋(てらこや)の開業数の年平均推計値が、1751~63年の2.6校から1854~67年の306.6校へ増えています。その背景には、商業の発達や、村の運営に学問が必要とされたことがありました。また、岡山藩の池田光政(いけだみつまさ)は、武士を対象とする藩校(はんこう)だけでなく、庶民を対象とする閑谷学校(しずたにがっこう)もつくりました。教育は、武士だけでなく庶民にも広がっていきました。

読解トレーニング問題
① 1751~63年の寺子屋(てらこや)の開業数の年平均推計値は何校ですか。
答え
2.6校

② 寺子屋(てらこや)が増えた背景を二つ答えなさい。
答え
商業の発達と、村の運営に学問が必要とされたこと。

③ 池田光政(いけだみつまさ)がつくった閑谷学校(しずたにがっこう)は、誰を対象としていましたか。
答え
庶民

⑥ 学習課題に答えるまとめ問題

17江戸時代後半には、どのような特色をもった文化が展開しましたか。「化政文化(かせいぶんか)」「印刷技術」「国学(こくがく)・蘭学(らんがく)」「教育」の四つの語句を使って説明しなさい。
答え
江戸時代後半には、江戸の庶民が担う化政文化(かせいぶんか)が花開いた。印刷技術の発達によって浮世絵(うきよえ)や本が広まり、旅や交流を通じて文化は地方にも伝わった。また、国学(こくがく)・蘭学(らんがく)が発展し、寺子屋(てらこや)・私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)などを通じて教育も広がった。
【解説】
経済の中心が江戸へ移るのに伴い、文化の中心も上方(かみがた)から江戸へ移りました。19世紀初めを中心に庶民が担う化政文化(かせいぶんか)が花開き、歌舞伎(かぶき)や寄席(よせ)などが親しまれました。印刷技術の発達で浮世絵(うきよえ)や本が広まり、旅先での交流も文化を地方へ伝えました。国学(こくがく)・蘭学(らんがく)が発展し、寺子屋(てらこや)・私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)などを通じて教育が広がったことも、江戸時代後半の特色です。

読解トレーニング問題
① 文化の中心が上方(かみがた)から江戸へ移ったのは、何の中心が江戸へ移るのに伴ってですか。
答え
経済の中心

② 文化を地方へ伝えることにつながったものを二つ答えなさい。
答え
印刷技術の発達と、旅先での交流。

③ 江戸時代後半に教育が広がった場を三つ答えなさい。
答え
寺子屋(てらこや)・私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)


重要年号・時期――最後の確認
18世紀ごろ → 町人や百姓の教育が盛んになり、寺子屋(てらこや)が増える。
19世紀初め(文化・文政期(ぶんか・ぶんせいき)を中心) → 化政文化(かせいぶんか)が花開く。
1849年 → 天然痘(てんねんとう)を予防するワクチンが長崎へ輸入される。
重要語句――組み合わせの確認
文化
化政文化(かせいぶんか) → 江戸の庶民による文化
歌舞伎(かぶき)・寄席(よせ)・相撲(すもう) → 庶民の娯楽
川柳(せんりゅう)・狂歌(きょうか) → 政治や生活を風刺
与謝蕪村(よさぶそん) → 情景を巧みに表現
小林一茶(こばやしいっさ) → 農民の感情をくみとる

浮世絵(うきよえ)・出版
錦絵(にしきえ) → 多色刷りの版画
東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく) → 役者絵
喜多川歌麿(きたがわうたまろ) → 美人画
葛飾北斎(かつしかほくさい)・歌川広重(うたがわひろしげ) → 風景画
十返舎一九(じっぺんしゃいっく) → 『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅうひざくりげ)
曲亭馬琴(きょくていばきん) → 『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)
ジャポニスム → 浮世絵(うきよえ)などの日本美術がヨーロッパの絵画に与えた影響

学問・技術
国学(こくがく) → 日本古来の精神に学ぶ
本居宣長(もとおりのりなが) → 『古事記伝』(こじきでん)
尊王(そんのう) → 天皇を尊ぶ考え
蘭学(らんがく) → 西洋の学問を研究
杉田玄白(すぎたげんぱく)・前野良沢(まえのりょうたく) → 『解体新書』(かいたいしんしょ)
平賀源内(ひらがげんない) → 発電機・寒暖計
シーボルト(しーぼると) → 長崎で蘭学(らんがく)者・医学者を育成
伊能忠敬(いのうただたか) → 正確な日本地図
和算(わさん) → 測量の基礎技術

教育・資料
寺子屋(てらこや) → 読み・書き・そろばん
私塾(しじゅく) → 学者などが開く学びの場
藩校(はんこう) → 武士の子弟を育成
池田光政(いけだみつまさ) → 庶民向けの閑谷学校(しずたにがっこう)
種痘(しゅとう) → 天然痘(てんねんとう)を予防するワクチン接種
学習課題のまとめ――暗記する順番
① 江戸が文化の中心に
田沼意次(たぬまおきつぐ)の政策に伴い、経済・文化の中心が上方(かみがた)から江戸へ移る。
↓
② 化政文化(かせいぶんか)が花開く
19世紀初めを中心に、江戸の庶民が歌舞伎(かぶき)・寄席(よせ)・相撲(すもう)などを楽しむ。
↓
③ 印刷と旅で文化が広がる
錦絵(にしきえ)・風景画・小説が広まり、人々の交流を通じて江戸の文化が地方へ伝わる。
↓
④ 国学(こくがく)・蘭学(らんがく)が発展する
本居宣長(もとおりのりなが)が国学(こくがく)を大成。『解体新書』(かいたいしんしょ)の出版や測量術の進歩など、西洋の知識も広がる。
↓
⑤ 教育が広がる
寺子屋(てらこや)・私塾(しじゅく)・藩校(はんこう)などが増え、近代へ続く教育の土台ができる。

学習課題への答え
江戸時代後半には、江戸の庶民が担う化政文化(かせいぶんか)が花開き、浮世絵(うきよえ)や出版物が印刷技術の発達によって広まった。文化は旅や交流を通じて地方にも伝わり、国学(こくがく)・蘭学(らんがく)の発展とともに教育も広がった。