応仁の乱と下剋上
教科書 本文
15世紀半ば、有力な守護大名が、
8代将軍足利義政の跡継ぎをめぐり,争いを始めました。
これに幕府の実力者細川氏と、山名氏の勢力争いが複雑に結びつき、
1467、応仁元年、多くの守護大名を巻き込む戦乱となりました、応仁の乱。
11年に及ぶ戦乱で、京都の大半は焼け野原になりました。
戦乱は地方にも広がったので、
幕府の政治に参加するために京都にとどまっていた守護大名の多くは、
自分の領地を守るため領国へ戻りました。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、
さまざまな一揆や地方武士の反乱でした。
そして、守護大名の一族やその家来から、
実力で守護大名に取って代わろうとする者が現れてきました。
このような下剋上の風潮が、
応仁の乱をきっかけに全国に広がっていきました。
8代将軍足利義政の跡継ぎをめぐり,争いを始めました。
これに幕府の実力者細川氏と、山名氏の勢力争いが複雑に結びつき、
1467、応仁元年、多くの守護大名を巻き込む戦乱となりました、応仁の乱。
11年に及ぶ戦乱で、京都の大半は焼け野原になりました。
戦乱は地方にも広がったので、
幕府の政治に参加するために京都にとどまっていた守護大名の多くは、
自分の領地を守るため領国へ戻りました。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、
さまざまな一揆や地方武士の反乱でした。
そして、守護大名の一族やその家来から、
実力で守護大名に取って代わろうとする者が現れてきました。
このような下剋上の風潮が、
応仁の乱をきっかけに全国に広がっていきました。
一問一答形式(理解・暗記)10問
Q1. 15世紀半ばに争いが起きた、8代将軍はだれか。答え
足利義政
Q2. 足利義政の跡継ぎをめぐって争いを始めた人物2人はだれか。
答え
足利義尚と足利義視
Q3. 細川氏と山名氏の何が複雑に結びついたか。
答え
勢力争い
Q4. 1467年(応仁元年)に始まった、多くの守護大名を巻き込む戦乱を何というか。
答え
応仁の乱
Q5. 応仁の乱で西軍の中心となった守護大名はだれか。
答え
山名持豊(宗全)
Q6. 応仁の乱で東軍の中心となった守護大名はだれか。
答え
細川勝元
Q7. 応仁の乱は何年に及んだか。
答え
11年
Q8. 応仁の乱で京都はどうなったか。
答え
京都の大半が焼け野原になった
Q9. 戦乱が地方にも広がり、守護大名の多くが京都からどこへ戻ったか。
答え
自分の領国(領地)
Q10. 応仁の乱をきっかけに全国へ広がった風潮を何というか。
答え
下剋上
テストに出やすい問題(形式いろいろ)10問
Q11.(選択)応仁の乱が始まった年として正しいものを選べ。ア:1336年 イ:1467年 ウ:1603年
答え
イ
Q12.(対応)応仁の乱の東軍・西軍の中心人物の組み合わせとして正しいものを選べ。
ア:東軍=山名持豊 西軍=細川勝元
イ:東軍=細川勝元 西軍=山名持豊
ウ:東軍=足利義政 西軍=足利義尚
答え
イ
Q13.(正誤)応仁の乱は短期間で終わり、京都はほとんど被害を受けなかった。
答え
誤
Q14.(穴うめ)応仁の乱は( )年に及ぶ戦乱で、京都の大半が焼け野原になった。
答え
11
Q15.(選択)守護大名の多くが京都にとどまっていた理由として正しいものを選べ。
ア:幕府の政治に参加するため
イ:海外へ渡航するため
ウ:農業を学ぶため
答え
ア
Q16.(記述)応仁の乱が全国に影響を広げた流れを、「地方」と「守護大名」に触れて35字以内で説明せよ。
答え
例:戦乱が地方に広がり、守護大名が領国へ戻ると一揆や反乱が起きた。
Q17.(選択)守護大名が領国へ戻ったあとに待ち受けていたものとして正しいものを選べ。
ア:平和な統治 イ:一揆や地方武士の反乱 ウ:海外貿易の拡大だけ
答え
イ
Q18.(穴うめ)守護大名の一族や家来から、実力で守護大名に( )ろうとする者が現れた。
答え
取って代わ
Q19.(短答)下剋上とは、どのような立場の者がどのように上の者に代わる風潮か。簡単に答えよ。
答え
家来や下の者が実力で上の者に取って代わること
Q20.(まとめ)応仁の乱をきっかけに広がった社会の変化として最も適切なものを選べ。
ア:下剋上の風潮が全国に広がった
イ:守護大名の力がさらに強まり全国が安定した
ウ:京都が無傷で政治がより集中した
答え
ア
各地で争う戦国大名
教科書 本文
地域ごとの争いが続き、幕府の影響力は弱まっていきました。
各地には、幕府の支配から離れて、領国と領国内の民衆全体を独自に支配し、
また領国内の武士を家臣として組織した、戦国大名が登場しました。
戦国大名の出身は、守護大名やその家来、
地方の有力武士であった者など、さまざまでした。
こうした戦国大名などが、領国支配の拡大を目指して、
各地で争いを続けた、15世紀末からの約100年間を、戦国時代といいます
戦国大名は荘園領主の支配を否定し、領国内の荘園を
次々に奪ったため、天皇や公家・大寺社の力は、急速に弱まっていきました。
戦国大名は強力な軍隊をつくり、各地に堅固な城や、とりでを築きました。
産業や経済の発展にも力を入れ、武田信玄によってつくられたとされる堤防をはじめ、
大規模な治水・かんがい工事を行い、耕地を広げ、年貢などの収入を増やしました。
また石見銀山、島根県など、金山・銀山の開発にも力を入れました。
そして、朝倉氏の一乗谷、福井県、北条氏の小田原、
神奈川県などに代表されるような城下町をつくり、
城の周囲に家臣を住まわせ、商工業者たちを呼び寄せました。
さらに、律令や御成敗式目とは別に、分国法とよばれる独自の法律をつくり、
領国内の武士や農民らを厳しく統制しようとしました。
16世紀後半には、領土を拡大し、領主同士の紛争や一揆をおさえ、
より強大で新しい領国支配を打ち立てようとする気運が高まりました。
そして、全国統一を目指す戦国大名が現れるようになります。
各地には、幕府の支配から離れて、領国と領国内の民衆全体を独自に支配し、
また領国内の武士を家臣として組織した、戦国大名が登場しました。
戦国大名の出身は、守護大名やその家来、
地方の有力武士であった者など、さまざまでした。
こうした戦国大名などが、領国支配の拡大を目指して、
各地で争いを続けた、15世紀末からの約100年間を、戦国時代といいます
戦国大名は荘園領主の支配を否定し、領国内の荘園を
次々に奪ったため、天皇や公家・大寺社の力は、急速に弱まっていきました。
戦国大名は強力な軍隊をつくり、各地に堅固な城や、とりでを築きました。
産業や経済の発展にも力を入れ、武田信玄によってつくられたとされる堤防をはじめ、
大規模な治水・かんがい工事を行い、耕地を広げ、年貢などの収入を増やしました。
また石見銀山、島根県など、金山・銀山の開発にも力を入れました。
そして、朝倉氏の一乗谷、福井県、北条氏の小田原、
神奈川県などに代表されるような城下町をつくり、
城の周囲に家臣を住まわせ、商工業者たちを呼び寄せました。
さらに、律令や御成敗式目とは別に、分国法とよばれる独自の法律をつくり、
領国内の武士や農民らを厳しく統制しようとしました。
16世紀後半には、領土を拡大し、領主同士の紛争や一揆をおさえ、
より強大で新しい領国支配を打ち立てようとする気運が高まりました。
そして、全国統一を目指す戦国大名が現れるようになります。
一問一答形式(理解・暗記)10問
Q1. 地域ごとの争いが続いたことで、弱まっていったものは何か。答え
幕府の影響力
Q2. 幕府の支配から離れて領国を独自に支配し、家臣団を組織した大名を何というか。
答え
戦国大名
Q3. 戦国大名は領国内の武士を何として組織したか。
答え
家臣
Q4. 15世紀末から約100年間続いた、戦国大名などが各地で争った時代を何というか。
答え
戦国時代
Q5. 戦国大名が否定し、領国内の荘園を奪ったことで力が弱まった人々を2つ答えよ。
答え
天皇/公家/大寺社(のうち2つ)
Q6. 戦国大名が各地に築いた、防御のための施設を2つ答えよ。
答え
堅固な城/とりで
Q7. 戦国大名が産業や経済を発展させるために行った工事を2つ答えよ。
答え
治水工事/かんがい工事
Q8. 武田信玄によってつくられたとされる堤防を何というか。
答え
信玄堤
Q9. 城の周囲に家臣を住まわせ、商工業者を呼び寄せてつくられた町を何というか。
答え
城下町
Q10. 律令や御成敗式目とは別に、戦国大名が領国ごとにつくった独自の法律を何というか。
答え
分国法
テストに出やすい問題(形式いろいろ)10問
Q11.(選択)城下町の説明として最も適切なものを選べ。ア:城から遠く離れた農村の集まり
イ:城の周囲に家臣や商工業者を集めてつくった町
ウ:寺の周囲に僧だけが住む町
答え
イ
Q12.(選択)分国法の説明として最も適切なものを選べ。
ア:全国共通の律令のこと
イ:戦国大名が領国ごとに定めた独自の法律
ウ:貴族だけに適用される法律
答え
イ
Q13.(穴うめ)戦国大名は領国支配の拡大を目指して争いを続けた。この時代を( )という。
答え
戦国時代
Q14.(正誤)戦国大名は荘園領主の支配を認め、荘園を保護した。
答え
誤
Q15.(対応)城下町と大名の組み合わせとして正しいものを選べ。
ア:小田原―北条氏 イ:小田原―朝倉氏 ウ:一乗谷―北条氏
答え
ア
Q16.(対応)城下町と大名の組み合わせとして正しいものを選べ。
ア:一乗谷―北条氏 イ:一乗谷―朝倉氏 ウ:一乗谷―武田氏
答え
イ
Q17.(穴うめ)城下町では城の周囲に( )を住まわせ、( )を呼び寄せた。
答え
家臣/商工業者
Q18.(記述)戦国大名が分国法をつくった目的を「統制」を使って30字以内で説明せよ。
答え
例:領国内の武士や農民を厳しく統制するため。
Q19.(選択)戦国大名が収入を増やすために行ったこととして正しいものを選べ。
ア:治水・かんがい工事で耕地を広げた
イ:海外へ移住して農地を捨てた
ウ:年貢をなくした
答え
ア
Q20.(まとめ)16世紀後半に高まった動きとして最も適切なものを選べ。
ア:領土を拡大し、紛争や一揆をおさえて新しい領国支配を目指す気運
イ:幕府の影響力が強まり戦国大名が消える動き
ウ:荘園領主の力が回復する動き
答え
ア
応仁の乱 / 暗記ソング
応仁の乱、応仁の乱
応仁の乱
足利義政の跡継ぎをめぐり争いが始まる
応仁の乱
義政の弟、足利義視(あしかが よしみ)
義政の子、足利義尚(あしかが よしひさ)
応仁の乱
足利義視 と 足利義尚 の戦い
応仁の乱
西軍の総大将 山名宗全(やまな そうぜん)
義尚に味方する
応仁の乱
東軍の総大将 細川勝元(ほそかわ かつもと)
義視に味方する
応仁の乱
1467年
応仁の乱
11年に及ぶ戦乱
応仁の乱
京都の大半は焼け野原になる
応仁の乱
だれが勝ったか分からない
応仁の乱
幕府の力が弱くなった
応仁の乱
政治の中心の幕府がこわれた
応仁の乱
幕府がこわれた
守護大名は実力で土地を支配
守護大名は 戦国大名 になる
応仁の乱
幕府がこわれた
下の身分の者が、上の身分の者を実力で倒して、権力を握る
下剋上、下剋上、下剋上
応仁の乱
幕府がこわれた
村では 惣村 がつくられ、寄合で話し合い、自治を行う
応仁の乱
幕府がこわれた
都市では 町衆 が寄合で話し合い、自治を行う
応仁の乱
足利義政の跡継ぎをめぐり争いが始まる
応仁の乱
義政の弟、足利義視(あしかが よしみ)
義政の子、足利義尚(あしかが よしひさ)
応仁の乱
足利義視 と 足利義尚 の戦い
応仁の乱
西軍の総大将 山名宗全(やまな そうぜん)
義尚に味方する
応仁の乱
東軍の総大将 細川勝元(ほそかわ かつもと)
義視に味方する
応仁の乱
1467年
応仁の乱
11年に及ぶ戦乱
応仁の乱
京都の大半は焼け野原になる
応仁の乱
だれが勝ったか分からない
応仁の乱
幕府の力が弱くなった
応仁の乱
政治の中心の幕府がこわれた
応仁の乱
幕府がこわれた
守護大名は実力で土地を支配
守護大名は 戦国大名 になる
応仁の乱
幕府がこわれた
下の身分の者が、上の身分の者を実力で倒して、権力を握る
下剋上、下剋上、下剋上
応仁の乱
幕府がこわれた
村では 惣村 がつくられ、寄合で話し合い、自治を行う
応仁の乱
幕府がこわれた
都市では 町衆 が寄合で話し合い、自治を行う
戦国大名 / 暗記ソング
戦国大名
幕府の命令ではなく、実力で国を治めた
戦国大名
武田信玄(たけだ しんげん)
守護大名から、戦国大名になる
戦国大名
織田信長(おだ のぶなが)
同じ織田家のライバルを倒して戦国大名になる
戦国大名
身分が上の守護大名のかわりに
身分の低い 朝倉氏(あさくらし)が国を治めた
下剋上
戦国大名
北条早雲(ほうじょう そううん)
守護大名を倒して、戦国大名になる
強いものが勝つ世界、下剋上
戦国大名
分国法
分国法で武士や農民をきびしく統制する
戦国大名の独自の法律
戦国大名
城を建て、商人や職人を呼び寄せて
城下町をつくる
町を開けば、戦国の国は強くなる
戦国大名
福井県で 朝倉義景(あさくら よしかげ)
一乗谷 と呼ばれる城下町をつくる
戦国大名
神奈川県で 北条氏(ほうじょうし)
小田原 と呼ばれる城下町をつくる
戦国大名
山梨県・甲斐の国には 武田信玄
その名を残す 信玄堤 (しんげんづつみ)
応仁の乱のあと、
国ごとに戦国大名が実力で支配した時代を
戦国時代 という
幕府の命令ではなく、実力で国を治めた
戦国大名
武田信玄(たけだ しんげん)
守護大名から、戦国大名になる
戦国大名
織田信長(おだ のぶなが)
同じ織田家のライバルを倒して戦国大名になる
戦国大名
身分が上の守護大名のかわりに
身分の低い 朝倉氏(あさくらし)が国を治めた
下剋上
戦国大名
北条早雲(ほうじょう そううん)
守護大名を倒して、戦国大名になる
強いものが勝つ世界、下剋上
戦国大名
分国法
分国法で武士や農民をきびしく統制する
戦国大名の独自の法律
戦国大名
城を建て、商人や職人を呼び寄せて
城下町をつくる
町を開けば、戦国の国は強くなる
戦国大名
福井県で 朝倉義景(あさくら よしかげ)
一乗谷 と呼ばれる城下町をつくる
戦国大名
神奈川県で 北条氏(ほうじょうし)
小田原 と呼ばれる城下町をつくる
戦国大名
山梨県・甲斐の国には 武田信玄
その名を残す 信玄堤 (しんげんづつみ)
応仁の乱のあと、
国ごとに戦国大名が実力で支配した時代を
戦国時代 という
