教科書


学習課題
ヨーロッパの文化や社会は、イスラム商人との交流によってどのように変化していったのだろうか。
イスラム商人との交流とヨーロッパ
キリスト教が人々の精神的な支えとなっていたヨーロッパでは、ローマ帝国の分裂後、しだいにローマ教皇(法王)を首長とするカトリック教会の勢いが増し、各国の王をしのぐ力をもつようになりました。
11世紀末、教皇がイスラム勢力のなかにある聖地エルサレムを奪い返すよう呼びかけ、ヨーロッパ各国の王は十字軍の遠征を行いました。
13世紀までに7度行われた遠征は結果的に失敗しましたが、ヨーロッパの国々とイスラム勢力が接触したことで、イタリア商人とイスラム商人の交易が活発になりました。
ユーラシア大陸を行き交うイスラム商人との交易により、彼らが航海などでつちかった、天文学などの高い水準の学問や技術が、ヨーロッパに紹介されました。
新しい芸術と技術
これまでのヨーロッパの生活や文化は、カトリック教会の影響を強く受けていました。
しかし14世紀になると、人間の個性や自由を表現しようとした古代ギリシャ・ローマの文化を理想とするルネサンス(文芸復興)とよばれる新しい風潮が生まれました。
ルネサンスは、交易で富を蓄え、イスラム文化の影響をいち早く受けたことで学問や芸術が盛んになった、イタリアの都市から始まりました。
ルネサンスは16世紀にローマを中心に全盛期を迎え、教皇や国王、裕福な商人の援助を受けた芸術家たちは、多くの絵画や彫刻、文学作品を著しました。
また、中国からイスラム商人を経て伝わった火薬と羅針盤が改良され、活版印刷術も発明されました。
天文学では地球が球体であることが主張されました。
技術や科学の進歩は、新しい戦術や長距離の航海術を発達させ、ヨーロッパの変革に大きな影響を与えました。
信仰の見直し
十字軍の失敗後、教皇やカトリック教会の権威は衰え、資金も不足しました。
16世紀になり、教皇がローマの大聖堂修築の資金を、免罪符を販売して集めると、ドイツのルターは、教皇や教会の権威を否定し、「聖書だけが信仰のよりどころである」と説いて宗教改革の口火を切りました。
また、スイスのカルバンは、人は神の救いを信じて職業に励むべきだと訴えました。
ルターらの考えを支持したキリスト教徒を「抗議する者」という意味で、プロテスタントといいます。
一方、カトリック教会でも改革が進められ、その中心となったイエズス会は海外布教に力を入れました。
授業 / イスラム商人との交流とヨーロッパ
今日は、中世ヨーロッパの歴史について学びます。
この時間では、キリスト教、カトリック教会、十字軍、
そしてヨーロッパの変化について考えていきます。
まず、中世ヨーロッパの人々の生活を思い浮かべてみましょう。
当時のヨーロッパでは、キリスト教が人々の精神的な支えとなっていました。
人々は、神を信じ、教会の教えにしたがって生活していたのです。
ローマ帝国が分裂したあと、ヨーロッパには強い皇帝がいなくなりました。
そのため、人々の心をまとめ、社会を支える存在が必要とされるようになりました。
そこで、しだいに力を強めていったのが、
ローマ教皇(法王)を首長とするカトリック教会です。
カトリック教会は、人々の信仰をまとめるだけでなく、
政治にも大きな影響を与えるようになりました。
中世ヨーロッパでは、
各国の王よりも、ローマ教皇のほうが強い力をもつこともありました。
このようにして、中世ヨーロッパは、
キリスト教とカトリック教会を中心とした社会となっていきました。
11世紀の終わりになると、
ローマ教皇は、ある重要な呼びかけを行いました。
それは、イスラム勢力の支配下にあった、
聖地エルサレムを取り戻そう、という呼びかけでした。
聖地エルサレムは、
キリスト教徒にとって、とても大切な場所だったからです。
この呼びかけに応じて、
ヨーロッパ各国の王や貴族、騎士たちは、
十字軍として遠征を行いました。
この遠征を、十字軍といいます。
十字軍の遠征は、
11世紀末から13世紀までの間に、
全部で7回行われました。
しかし、長い年月をかけて行われた十字軍は、
最終的に目的を達成することができず、
結果として失敗に終わりました。
十字軍は、戦争としては失敗でしたが、
ヨーロッパの歴史にとって、
重要な意味をもつ出来事でもありました。
それは、十字軍をきっかけに、
ヨーロッパの国々とイスラム勢力が、
直接接触するようになったことです。
これまで、ほとんど交流のなかった両者が、
出会い、関わるようになったのです。
この接触によって、
イタリア商人とイスラム商人の交易が、
しだいに活発になっていきました。
イタリアは地中海に面した地域で、
もともと商業がさかんな土地でした。
イタリア商人たちは、
イスラム商人と貿易を行い、
さまざまな品物を取り引きしました。
イスラム商人は、
ユーラシア大陸を広く行き交い、
アジアとヨーロッパを結ぶ交易を行っていました。
そのため、イスラム世界では、
航海などに役立つ学問や技術が、
高い水準で発達していました。
交易を通して、
イスラム商人が航海などでつちかった、
天文学をはじめとする学問や技術が、
ヨーロッパに紹介されました。
これらの知識や技術は、
ヨーロッパの人々にとって、
これまで知らなかった新しいものでした。
このように、
十字軍は戦争としては失敗しましたが、
ヨーロッパが外の世界と出会い、
学問や技術を取り入れるきっかけとなりました。
十字軍は、
その後のヨーロッパの発展につながる、
重要な出来事だったのです。
この時間では、キリスト教、カトリック教会、十字軍、
そしてヨーロッパの変化について考えていきます。
まず、中世ヨーロッパの人々の生活を思い浮かべてみましょう。
当時のヨーロッパでは、キリスト教が人々の精神的な支えとなっていました。
人々は、神を信じ、教会の教えにしたがって生活していたのです。
ローマ帝国が分裂したあと、ヨーロッパには強い皇帝がいなくなりました。
そのため、人々の心をまとめ、社会を支える存在が必要とされるようになりました。
そこで、しだいに力を強めていったのが、
ローマ教皇(法王)を首長とするカトリック教会です。
カトリック教会は、人々の信仰をまとめるだけでなく、
政治にも大きな影響を与えるようになりました。
中世ヨーロッパでは、
各国の王よりも、ローマ教皇のほうが強い力をもつこともありました。
このようにして、中世ヨーロッパは、
キリスト教とカトリック教会を中心とした社会となっていきました。
11世紀の終わりになると、
ローマ教皇は、ある重要な呼びかけを行いました。
それは、イスラム勢力の支配下にあった、
聖地エルサレムを取り戻そう、という呼びかけでした。
聖地エルサレムは、
キリスト教徒にとって、とても大切な場所だったからです。
この呼びかけに応じて、
ヨーロッパ各国の王や貴族、騎士たちは、
十字軍として遠征を行いました。
この遠征を、十字軍といいます。
十字軍の遠征は、
11世紀末から13世紀までの間に、
全部で7回行われました。
しかし、長い年月をかけて行われた十字軍は、
最終的に目的を達成することができず、
結果として失敗に終わりました。
十字軍は、戦争としては失敗でしたが、
ヨーロッパの歴史にとって、
重要な意味をもつ出来事でもありました。
それは、十字軍をきっかけに、
ヨーロッパの国々とイスラム勢力が、
直接接触するようになったことです。
これまで、ほとんど交流のなかった両者が、
出会い、関わるようになったのです。
この接触によって、
イタリア商人とイスラム商人の交易が、
しだいに活発になっていきました。
イタリアは地中海に面した地域で、
もともと商業がさかんな土地でした。
イタリア商人たちは、
イスラム商人と貿易を行い、
さまざまな品物を取り引きしました。
イスラム商人は、
ユーラシア大陸を広く行き交い、
アジアとヨーロッパを結ぶ交易を行っていました。
そのため、イスラム世界では、
航海などに役立つ学問や技術が、
高い水準で発達していました。
交易を通して、
イスラム商人が航海などでつちかった、
天文学をはじめとする学問や技術が、
ヨーロッパに紹介されました。
これらの知識や技術は、
ヨーロッパの人々にとって、
これまで知らなかった新しいものでした。
このように、
十字軍は戦争としては失敗しましたが、
ヨーロッパが外の世界と出会い、
学問や技術を取り入れるきっかけとなりました。
十字軍は、
その後のヨーロッパの発展につながる、
重要な出来事だったのです。
授業 / 新しい芸術と技術
今日は、ヨーロッパの歴史の中で大きな変化が起こった、
ルネサンスについて学びます。
ルネサンスは、中世から近代へと時代が移り変わる中で生まれた、
新しい考え方や文化の動きです。
これまでのヨーロッパの生活や文化は、
カトリック教会の影響を強く受けていました。
人々は神を信じ、
教会の教えに従って生活することが大切だと考えていました。
社会や文化の中心には、常に教会があったのです。
しかし、14世紀になると、人々の考え方に変化が見られるようになります。
人間の個性や自由を表現しようとする動きが広がり始めました。
この新しい風潮が、古代ギリシャ・ローマの文化を理想とする、
ルネサンスとよばれるものです。
ルネサンスとは、過去のすぐれた文化を学び直し、
人間らしさを大切にしようとする考え方でした。
ルネサンスは、イタリアの都市から始まりました。
イタリアでは、交易によって多くの富が集まり、
経済が発展していました。
また、イスラム文化の影響をいち早く受けたことで、
学問や芸術が盛んになりました。
このような条件がそろったイタリアの都市で、
ルネサンスは力強く広がっていったのです。
やがてルネサンスはヨーロッパ各地へ広がり、
16世紀にはローマを中心に全盛期を迎えました。
この時代、教皇や国王、裕福な商人たちが芸術家を援助しました。
その結果、多くの絵画や彫刻、文学作品が生み出されました。
また、文化だけでなく、技術の面でも大きな進歩がありました。
中国からイスラム商人を経て伝わった火薬や羅針盤は、
ヨーロッパで改良されました。
さらに、活版印刷術も発明されます。
活版印刷術によって、本を大量に作ることができるようになり、
知識や考え方が多くの人々に広まりました。
これは、学問の発展に大きな影響を与えました。
学問の分野では、天文学が進歩し、
地球が球体であるという考えが主張されるようになりました。
人々は、これまでの考えを見直し、
自然や世界について科学的に考えるようになっていきます。
このような技術や科学の進歩は、新しい戦術を生み出し、
長距離の航海術を発達させました。
その結果、ヨーロッパは外の世界へ目を向けるようになり、
社会は大きく変化していきました。
このように、ルネサンスは、
ヨーロッパの文化や考え方を大きく変えました。
人々が教会の教えだけに頼るのではなく、自分で考え、
学ぶことを大切にする時代の始まりだったのです。
ルネサンスについて学びます。
ルネサンスは、中世から近代へと時代が移り変わる中で生まれた、
新しい考え方や文化の動きです。
これまでのヨーロッパの生活や文化は、
カトリック教会の影響を強く受けていました。
人々は神を信じ、
教会の教えに従って生活することが大切だと考えていました。
社会や文化の中心には、常に教会があったのです。
しかし、14世紀になると、人々の考え方に変化が見られるようになります。
人間の個性や自由を表現しようとする動きが広がり始めました。
この新しい風潮が、古代ギリシャ・ローマの文化を理想とする、
ルネサンスとよばれるものです。
ルネサンスとは、過去のすぐれた文化を学び直し、
人間らしさを大切にしようとする考え方でした。
ルネサンスは、イタリアの都市から始まりました。
イタリアでは、交易によって多くの富が集まり、
経済が発展していました。
また、イスラム文化の影響をいち早く受けたことで、
学問や芸術が盛んになりました。
このような条件がそろったイタリアの都市で、
ルネサンスは力強く広がっていったのです。
やがてルネサンスはヨーロッパ各地へ広がり、
16世紀にはローマを中心に全盛期を迎えました。
この時代、教皇や国王、裕福な商人たちが芸術家を援助しました。
その結果、多くの絵画や彫刻、文学作品が生み出されました。
また、文化だけでなく、技術の面でも大きな進歩がありました。
中国からイスラム商人を経て伝わった火薬や羅針盤は、
ヨーロッパで改良されました。
さらに、活版印刷術も発明されます。
活版印刷術によって、本を大量に作ることができるようになり、
知識や考え方が多くの人々に広まりました。
これは、学問の発展に大きな影響を与えました。
学問の分野では、天文学が進歩し、
地球が球体であるという考えが主張されるようになりました。
人々は、これまでの考えを見直し、
自然や世界について科学的に考えるようになっていきます。
このような技術や科学の進歩は、新しい戦術を生み出し、
長距離の航海術を発達させました。
その結果、ヨーロッパは外の世界へ目を向けるようになり、
社会は大きく変化していきました。
このように、ルネサンスは、
ヨーロッパの文化や考え方を大きく変えました。
人々が教会の教えだけに頼るのではなく、自分で考え、
学ぶことを大切にする時代の始まりだったのです。
授業 / 信仰の見直し
今日は、ヨーロッパの歴史における大きな転換点である、宗教改革について学びます。
宗教改革は、中世ヨーロッパが終わり、近代ヨーロッパが始まるきっかけとなった出来事です。
まず、宗教改革が起こる前のヨーロッパの状況を確認します。
十字軍の失敗後、教皇やカトリック教会の権威はしだいに衰えていきました。
また、長い戦争によって、多くのお金が使われたため、
カトリック教会は資金不足に陥っていました。
16世紀になると、教皇はローマの大聖堂を修築するための資金を集めようとしました。
その方法として行われたのが、免罪符の販売です。
免罪符とは、
お金を払えば、これまでの罪がゆるされるとされた紙のことです。
教会は、この免罪符を売ることで、多くのお金を集めました。
しかし、この免罪符の販売に強く反対した人物がいました。
それが、ドイツのルターです。
ルターは、教皇やカトリック教会の権威を否定し、
信仰のあり方について、新しい考えを示しました。
ルターが説いた考えは、
「聖書だけが信仰のよりどころである」というものでした。
つまり、人は教皇や教会に頼るのではなく、
自分で聖書を読み、信仰を持つべきだと考えたのです。
このルターの主張が、宗教改革の始まりとなりました。
宗教改革は、カトリック教会のあり方を問い直す動きだったのです。
宗教改革の考え方は、ドイツだけにとどまらず、
ヨーロッパの各地へ広がっていきました。
スイスでは、カルバンという人物が登場します。
カルバンは、人は神の救いを信じながら、
まじめに職業に励むべきだと説きました。
この考え方は、
働くことも信仰のあらわれである、という考え方でした。
カルバンの教えも、多くの人々に支持されていきました。
ルターやカルバンの考えを支持したキリスト教徒たちは、
カトリック教会のやり方に抗議しました。
そのため、彼らは、
「抗議する者」という意味で、プロテスタントと呼ばれるようになりました。
こうして、キリスト教は、
カトリックとプロテスタントに分かれていきます。
一方で、カトリック教会も、
自らのあり方を見直す必要があると考えました。
教会内部でも改革が進められるようになります。
その改革の中心となったのが、イエズス会です。
イエズス会は、カトリック教会を立て直すために、
世界各地へ出向き、海外布教に力を入れました。
このように、宗教改革は、
キリスト教のあり方を大きく変えただけでなく、
人々の考え方にも大きな影響を与えました。
宗教改革によって、
人々は、教会に言われるまま信じるのではなく、
自分で考え、判断するようになっていきます。
宗教改革は、
中世ヨーロッパから近代ヨーロッパへと移り変わる、
重要な出来事だったのです。
宗教改革は、中世ヨーロッパが終わり、近代ヨーロッパが始まるきっかけとなった出来事です。
まず、宗教改革が起こる前のヨーロッパの状況を確認します。
十字軍の失敗後、教皇やカトリック教会の権威はしだいに衰えていきました。
また、長い戦争によって、多くのお金が使われたため、
カトリック教会は資金不足に陥っていました。
16世紀になると、教皇はローマの大聖堂を修築するための資金を集めようとしました。
その方法として行われたのが、免罪符の販売です。
免罪符とは、
お金を払えば、これまでの罪がゆるされるとされた紙のことです。
教会は、この免罪符を売ることで、多くのお金を集めました。
しかし、この免罪符の販売に強く反対した人物がいました。
それが、ドイツのルターです。
ルターは、教皇やカトリック教会の権威を否定し、
信仰のあり方について、新しい考えを示しました。
ルターが説いた考えは、
「聖書だけが信仰のよりどころである」というものでした。
つまり、人は教皇や教会に頼るのではなく、
自分で聖書を読み、信仰を持つべきだと考えたのです。
このルターの主張が、宗教改革の始まりとなりました。
宗教改革は、カトリック教会のあり方を問い直す動きだったのです。
宗教改革の考え方は、ドイツだけにとどまらず、
ヨーロッパの各地へ広がっていきました。
スイスでは、カルバンという人物が登場します。
カルバンは、人は神の救いを信じながら、
まじめに職業に励むべきだと説きました。
この考え方は、
働くことも信仰のあらわれである、という考え方でした。
カルバンの教えも、多くの人々に支持されていきました。
ルターやカルバンの考えを支持したキリスト教徒たちは、
カトリック教会のやり方に抗議しました。
そのため、彼らは、
「抗議する者」という意味で、プロテスタントと呼ばれるようになりました。
こうして、キリスト教は、
カトリックとプロテスタントに分かれていきます。
一方で、カトリック教会も、
自らのあり方を見直す必要があると考えました。
教会内部でも改革が進められるようになります。
その改革の中心となったのが、イエズス会です。
イエズス会は、カトリック教会を立て直すために、
世界各地へ出向き、海外布教に力を入れました。
このように、宗教改革は、
キリスト教のあり方を大きく変えただけでなく、
人々の考え方にも大きな影響を与えました。
宗教改革によって、
人々は、教会に言われるまま信じるのではなく、
自分で考え、判断するようになっていきます。
宗教改革は、
中世ヨーロッパから近代ヨーロッパへと移り変わる、
重要な出来事だったのです。
ヨーロッパとイスラム世界の交流
Q1. 十字軍とは、何を取り返すために行われた遠征ですか。答え
聖地エルサレム
【解説】
11世紀末、ローマ教皇はイスラム勢力の支配下にあった聖地エルサレムを取り返すよう呼びかけました。
これによって、ヨーロッパ各国の王たちは十字軍を送りました。
十字軍は結果的には失敗しましたが、この遠征によってヨーロッパとイスラム世界の交流が進みました。
【解説】
11世紀末、ローマ教皇はイスラム勢力の支配下にあった聖地エルサレムを取り返すよう呼びかけました。
これによって、ヨーロッパ各国の王たちは十字軍を送りました。
十字軍は結果的には失敗しましたが、この遠征によってヨーロッパとイスラム世界の交流が進みました。
Q2. 十字軍の遠征によって活発になったのは、だれとだれの交易ですか。
答え
イタリア商人とイスラム商人の交易
【解説】
十字軍によってヨーロッパとイスラム世界が接触したことで、地中海を中心に交易が盛んになりました。
イタリア商人はイスラム商人から多くの知識や技術を学びました。
この交流が、後のヨーロッパの発展につながっていきます。
【解説】
十字軍によってヨーロッパとイスラム世界が接触したことで、地中海を中心に交易が盛んになりました。
イタリア商人はイスラム商人から多くの知識や技術を学びました。
この交流が、後のヨーロッパの発展につながっていきます。
Q3. イスラム商人を通してヨーロッパに伝わった学問には、どのようなものがありますか。
答え
天文学などの高い水準の学問
【解説】
イスラム世界では、ギリシャやインドの学問を取り入れて研究が進められていました。
そのため、イスラム商人との交流によって、ヨーロッパにも高度な学問や技術が伝わりました。
ヨーロッパの科学や航海術の発展に大きな影響を与えました。
【解説】
イスラム世界では、ギリシャやインドの学問を取り入れて研究が進められていました。
そのため、イスラム商人との交流によって、ヨーロッパにも高度な学問や技術が伝わりました。
ヨーロッパの科学や航海術の発展に大きな影響を与えました。
Q4. 羅針盤とは何のための道具ですか。
答え
航海のときに方角を知るための道具
【解説】
羅針盤は磁石の性質を利用して南北を示す道具です。
中国で生まれ、イスラム商人を通してヨーロッパへ伝わりました。
これによって遠くまで安全に航海できるようになり、大航海時代につながっていきました。
【解説】
羅針盤は磁石の性質を利用して南北を示す道具です。
中国で生まれ、イスラム商人を通してヨーロッパへ伝わりました。
これによって遠くまで安全に航海できるようになり、大航海時代につながっていきました。
Q5. アストロラーベとは何を調べるための道具ですか。
答え
天体の高度を測るための観測器具
【解説】
アストロラーベは、星や太陽の高さを測ることで、自分たちが地球のどの位置にいるかを調べる道具です。
船の上で緯度を知ることができたため、航海に役立ちました。
航海技術の発展は、大航海時代を支える重要な要素でした。
【解説】
アストロラーベは、星や太陽の高さを測ることで、自分たちが地球のどの位置にいるかを調べる道具です。
船の上で緯度を知ることができたため、航海に役立ちました。
航海技術の発展は、大航海時代を支える重要な要素でした。
Q6. 教科書の「イスラムの国での研究の様子」の絵からわかることを答えなさい。
答え
イスラム世界では、天文学や地理学などの研究が進められていたこと
【解説】
絵には、地球儀や観測器具を使って研究する人々が描かれています。
イスラム世界では、学問を重視する文化が発達しており、多くの知識がヨーロッパへ伝わりました。
この交流によって、ヨーロッパの学問も発展していきました。
【解説】
絵には、地球儀や観測器具を使って研究する人々が描かれています。
イスラム世界では、学問を重視する文化が発達しており、多くの知識がヨーロッパへ伝わりました。
この交流によって、ヨーロッパの学問も発展していきました。
ルネサンスと新しい文化
Q7. 14世紀ごろに始まった、古代ギリシャ・ローマ文化を理想とする文化運動を何といいますか。答え
ルネサンス
【解説】
ルネサンスは「文芸復興」ともよばれます。
中世ヨーロッパでは宗教中心の考え方が強く、人間より神が重視されていました。
しかしルネサンスでは、人間の個性や自由を大切にする考え方が広がりました。
【解説】
ルネサンスは「文芸復興」ともよばれます。
中世ヨーロッパでは宗教中心の考え方が強く、人間より神が重視されていました。
しかしルネサンスでは、人間の個性や自由を大切にする考え方が広がりました。
Q8. ルネサンスが最初に盛んになった地域はどこですか。
答え
イタリアの都市
【解説】
イタリアは地中海交易で栄え、イスラム文化の影響を早く受けていました。
そのため、学問や芸術が発展しやすい環境が整っていました。
特にフィレンツェやローマなどの都市が中心となりました。
【解説】
イタリアは地中海交易で栄え、イスラム文化の影響を早く受けていました。
そのため、学問や芸術が発展しやすい環境が整っていました。
特にフィレンツェやローマなどの都市が中心となりました。
Q9. ルネサンスの時代に活躍した芸術家で、「最後の審判」を描いた人物はだれですか。
答え
ミケランジェロ
【解説】
ミケランジェロはルネサンスを代表する芸術家です。
「最後の審判」はローマのシスティナ礼拝堂に描かれた巨大な壁画で、人間の体や感情が細かく表現されています。
ルネサンスでは、人間らしさや美しさを表現する芸術が発展しました。
【解説】
ミケランジェロはルネサンスを代表する芸術家です。
「最後の審判」はローマのシスティナ礼拝堂に描かれた巨大な壁画で、人間の体や感情が細かく表現されています。
ルネサンスでは、人間らしさや美しさを表現する芸術が発展しました。
Q10. 教科書の「最後の審判」の写真から読み取れるルネサンスの特徴を答えなさい。
答え
人間の体や表情がリアルに表現されていること
【解説】
ルネサンスの芸術では、実際の人間を観察して描くことが重視されました。
そのため、筋肉や動き、感情などが本物らしく描かれています。
これは、中世の宗教中心の絵画とは大きく異なる特徴です。
【解説】
ルネサンスの芸術では、実際の人間を観察して描くことが重視されました。
そのため、筋肉や動き、感情などが本物らしく描かれています。
これは、中世の宗教中心の絵画とは大きく異なる特徴です。
Q11. 活版印刷術が発明されたことで、どのような変化が起こりましたか。
答え
知識や考えが広く伝わるようになった
【解説】
それまで本は手書きだったため、とても高価でした。
しかし活版印刷術によって本を大量に作れるようになり、多くの人が知識を得られるようになりました。
ルターの宗教改革の考えも、印刷によって急速に広がりました。
【解説】
それまで本は手書きだったため、とても高価でした。
しかし活版印刷術によって本を大量に作れるようになり、多くの人が知識を得られるようになりました。
ルターの宗教改革の考えも、印刷によって急速に広がりました。
Q12. 教科書の「古代ローマの三美神」「中世の三美神」「ルネサンスのころの三美神」の絵を比べてわかることを答えなさい。
答え
ルネサンスでは古代ギリシャ・ローマの表現を取り入れ、人間を自然で立体的に描くようになったこと
【解説】
中世の絵は平面的で表情も似ています。
しかしルネサンスの絵では、人物の動きや表情、体の立体感が細かく描かれています。
これは古代ギリシャ・ローマ文化を見直した影響です。
【解説】
中世の絵は平面的で表情も似ています。
しかしルネサンスの絵では、人物の動きや表情、体の立体感が細かく描かれています。
これは古代ギリシャ・ローマ文化を見直した影響です。
宗教改革とキリスト教の変化
Q13. 教皇が販売した、罪が軽くなるとされた札を何といいますか。答え
免罪符
【解説】
免罪符は、お金を払うことで罪の罰が軽くなると説明されて売られました。
しかし、「お金で罪が許されるのはおかしい」と考える人が増えました。
これが宗教改革のきっかけの一つになります。
【解説】
免罪符は、お金を払うことで罪の罰が軽くなると説明されて売られました。
しかし、「お金で罪が許されるのはおかしい」と考える人が増えました。
これが宗教改革のきっかけの一つになります。
Q14. 宗教改革を始めたドイツの人物はだれですか。
答え
ルター
【解説】
ルターは、教皇や教会の権威を批判しました。
そして「聖書だけが信仰のよりどころである」と主張しました。
彼の考えは活版印刷術によって広まり、宗教改革が広がっていきました。
【解説】
ルターは、教皇や教会の権威を批判しました。
そして「聖書だけが信仰のよりどころである」と主張しました。
彼の考えは活版印刷術によって広まり、宗教改革が広がっていきました。
Q15. ルターらの考えを支持したキリスト教徒を何といいますか。
答え
プロテスタント
【解説】
プロテスタントとは「抗議する者」という意味です。
カトリック教会のあり方に反対した人々が、新しいキリスト教の考え方を広めました。
これによってヨーロッパでは宗教対立が深まっていきました。
【解説】
プロテスタントとは「抗議する者」という意味です。
カトリック教会のあり方に反対した人々が、新しいキリスト教の考え方を広めました。
これによってヨーロッパでは宗教対立が深まっていきました。
Q16. スイスで宗教改革を進めた人物はだれですか。
答え
カルバン
【解説】
カルバンは、人は神の救いを信じてまじめに働くべきだと説きました。
この考え方は商人や市民に支持され、ヨーロッパ各地へ広がりました。
勤勉に働くことを大切にする考え方にも影響を与えました。
【解説】
カルバンは、人は神の救いを信じてまじめに働くべきだと説きました。
この考え方は商人や市民に支持され、ヨーロッパ各地へ広がりました。
勤勉に働くことを大切にする考え方にも影響を与えました。
Q17. カトリック教会側で改革を進め、海外布教に力を入れた団体を何といいますか。
答え
イエズス会
【解説】
宗教改革によってカトリック教会の力は弱まりました。
そこでカトリック教会も改革を進め、その中心となったのがイエズス会です。
イエズス会は海外布教を積極的に行い、日本にも宣教師を送りました。
【解説】
宗教改革によってカトリック教会の力は弱まりました。
そこでカトリック教会も改革を進め、その中心となったのがイエズス会です。
イエズス会は海外布教を積極的に行い、日本にも宣教師を送りました。
Q18. 教科書の「免罪符を販売する様子」の絵からわかることを答えなさい。
答え
教会が人々からお金を集めていたこと
【解説】
教会は大聖堂を建てるための資金集めとして免罪符を販売しました。
しかし、信仰よりお金を重視しているように見えたため、多くの人が不満を持ちました。
これが宗教改革につながる大きな原因になりました。
【解説】
教会は大聖堂を建てるための資金集めとして免罪符を販売しました。
しかし、信仰よりお金を重視しているように見えたため、多くの人が不満を持ちました。
これが宗教改革につながる大きな原因になりました。
中世ヨーロッパとキリスト教
Q1. 中世のヨーロッパで、人々の生活や考え方に大きな影響を与えた宗教は何ですか。答え
キリスト教
【解説】
中世ヨーロッパでは、キリスト教が社会全体に大きな影響を与えていました。
教会は人々の心の支えであり、政治や文化にも強い力を持っていました。
当時のヨーロッパでは、宗教が生活の中心だったことを理解することが大切です。
【解説】
中世ヨーロッパでは、キリスト教が社会全体に大きな影響を与えていました。
教会は人々の心の支えであり、政治や文化にも強い力を持っていました。
当時のヨーロッパでは、宗教が生活の中心だったことを理解することが大切です。
Q2. 中世の西ヨーロッパで、カトリック教会のトップとして強い影響力を持っていた人物を何といいますか。
答え
ローマ教皇
【解説】
ローマ教皇は、カトリック教会の最高指導者です。
中世ヨーロッパでは、国王よりも強い影響力を持つこともありました。
宗教だけでなく、政治にも大きく関わっていたことが重要です。
【解説】
ローマ教皇は、カトリック教会の最高指導者です。
中世ヨーロッパでは、国王よりも強い影響力を持つこともありました。
宗教だけでなく、政治にも大きく関わっていたことが重要です。
十字軍
Q3. 11世紀末から、キリスト教の聖地エルサレムを取りもどすために行われた遠征を何といいますか。答え
十字軍
【解説】
十字軍は、ローマ教皇の呼びかけで行われた遠征です。
キリスト教徒が、イスラム教勢力に支配されていたエルサレムを取り返そうとしました。
宗教を理由にした戦争として有名です。
【解説】
十字軍は、ローマ教皇の呼びかけで行われた遠征です。
キリスト教徒が、イスラム教勢力に支配されていたエルサレムを取り返そうとしました。
宗教を理由にした戦争として有名です。
Q4. 十字軍が奪還しようとした、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の聖地はどこですか。
① ローマ
② メッカ
③ コンスタンティノープル
④ エルサレム
答え
④ エルサレム
【解説】
エルサレムは、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通の聖地です。
そのため、多くの宗教勢力が支配を争いました。
十字軍は、このエルサレムを取り返すために行われました。
【解説】
エルサレムは、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通の聖地です。
そのため、多くの宗教勢力が支配を争いました。
十字軍は、このエルサレムを取り返すために行われました。
Q5. 十字軍の結果として、弱まったものは何ですか。
答え
ローマ教皇の権威
【解説】
十字軍は最終的に失敗し、エルサレムを完全には取り返せませんでした。
そのため、遠征を呼びかけたローマ教皇への信頼が低下しました。
一方で、西アジアとの貿易は活発になりました。
【解説】
十字軍は最終的に失敗し、エルサレムを完全には取り返せませんでした。
そのため、遠征を呼びかけたローマ教皇への信頼が低下しました。
一方で、西アジアとの貿易は活発になりました。
Q6. 十字軍の結果として、さかんになったものは何ですか。
答え
西アジアとの貿易
【解説】
十字軍によって、ヨーロッパ人は西アジアの文化や商品にふれるようになりました。
香辛料などのアジアの商品が人気となり、貿易が発達しました。
これが後の大航海時代にもつながっていきます。
【解説】
十字軍によって、ヨーロッパ人は西アジアの文化や商品にふれるようになりました。
香辛料などのアジアの商品が人気となり、貿易が発達しました。
これが後の大航海時代にもつながっていきます。
ルネサンスと宗教改革
Q7. 14世紀ごろからイタリアを中心に広がった、古代ギリシャ・ローマ文化を見直す動きを何といいますか。答え
ルネサンス
【解説】
ルネサンスは「文芸復興」とも呼ばれます。
中世の宗教中心の考え方から、人間らしさや個人を大切にする考え方へ変わっていきました。
芸術や学問が大きく発展した時代です。
【解説】
ルネサンスは「文芸復興」とも呼ばれます。
中世の宗教中心の考え方から、人間らしさや個人を大切にする考え方へ変わっていきました。
芸術や学問が大きく発展した時代です。
Q8. ルネサンス期に活躍し、「モナ・リザ」などを描いた人物は誰ですか。
答え
レオナルド・ダ・ビンチ
【解説】
レオナルド・ダ・ビンチは、画家であり科学者でもありました。
「モナ・リザ」や「最後の晩餐」などの作品で有名です。
ルネサンスを代表する人物として重要です。
【解説】
レオナルド・ダ・ビンチは、画家であり科学者でもありました。
「モナ・リザ」や「最後の晩餐」などの作品で有名です。
ルネサンスを代表する人物として重要です。
Q9. 16世紀、免罪符を批判して宗教改革を始めたドイツの人物は誰ですか。
① カルバン
② ザビエル
③ コロンブス
④ ルター
答え
④ ルター
【解説】
ルターは、カトリック教会が販売した免罪符を批判しました。
「信仰によって救われる」と主張し、宗教改革を始めました。
これによってヨーロッパのキリスト教は大きく分かれていきます。
【解説】
ルターは、カトリック教会が販売した免罪符を批判しました。
「信仰によって救われる」と主張し、宗教改革を始めました。
これによってヨーロッパのキリスト教は大きく分かれていきます。
Q10. 宗教改革によって広がった、カトリック教会に抗議した改革派のキリスト教徒を何といいますか。
答え
プロテスタント
【解説】
プロテスタントは、宗教改革によって生まれた新しいキリスト教のグループです。
カトリック教会のやり方を批判してできました。
現在でも世界中に多くの信者がいます。
【解説】
プロテスタントは、宗教改革によって生まれた新しいキリスト教のグループです。
カトリック教会のやり方を批判してできました。
現在でも世界中に多くの信者がいます。
Q11. カトリック教会が勢力回復のためにつくった、海外布教に力を入れる組織を何といいますか。
答え
イエズス会
【解説】
イエズス会は、カトリック教会が勢力を回復するためにつくった組織です。
海外での布教活動を積極的に行いました。
日本に来たフランシスコ・ザビエルもイエズス会の一員です。
【解説】
イエズス会は、カトリック教会が勢力を回復するためにつくった組織です。
海外での布教活動を積極的に行いました。
日本に来たフランシスコ・ザビエルもイエズス会の一員です。
大航海時代
Q12. 大航海時代に、ヨーロッパ人がアジアから直接手に入れようとした人気の商品は何ですか。答え
香辛料
【解説】
香辛料とは、こしょうやシナモンなどのことです。
当時のヨーロッパではとても高価で人気がありました。
ヨーロッパ人は、イスラム商人を通さずに直接手に入れるため、新しい航路を探しました。
【解説】
香辛料とは、こしょうやシナモンなどのことです。
当時のヨーロッパではとても高価で人気がありました。
ヨーロッパ人は、イスラム商人を通さずに直接手に入れるため、新しい航路を探しました。
Q13. 1492年、スペインの援助を受けて大西洋を横断し、アメリカ大陸周辺に到達した人物は誰ですか。
答え
コロンブス
【解説】
コロンブスは、西へ進めばアジアに着くと考えて航海しました。
結果として、アメリカ大陸周辺に到達しました。
この航海は、大航海時代を代表する出来事です。
【解説】
コロンブスは、西へ進めばアジアに着くと考えて航海しました。
結果として、アメリカ大陸周辺に到達しました。
この航海は、大航海時代を代表する出来事です。
Q14. 1498年、アフリカ南端を回ってインドに到達し、ヨーロッパとアジアを結ぶ海路を開いた人物は誰ですか。
答え
バスコ・ダ・ガマ
【解説】
バスコ・ダ・ガマは、ポルトガルの航海者です。
アフリカ南端の喜望峰を回ってインドに到達しました。
これによって、ヨーロッパとアジアを結ぶ海の道が開かれました。
【解説】
バスコ・ダ・ガマは、ポルトガルの航海者です。
アフリカ南端の喜望峰を回ってインドに到達しました。
これによって、ヨーロッパとアジアを結ぶ海の道が開かれました。
Q15. 1522年、世界一周に成功した船隊を率いた人物は誰ですか。
答え
マゼラン
【解説】
マゼランの船隊は、初めて世界一周を達成しました。
この航海によって、地球が球体であることが実際に証明されました。
大航海時代を代表する重要人物です。
【解説】
マゼランの船隊は、初めて世界一周を達成しました。
この航海によって、地球が球体であることが実際に証明されました。
大航海時代を代表する重要人物です。
Q16. 次の出来事を古い順に並べたとき、正しい順番を答えなさい。
A 十字軍が始まる
B ルネサンスが広がる
C 宗教改革が始まる
D コロンブスがアメリカ大陸周辺に到達する
答え
A→B→D→C
【解説】
十字軍は11世紀末に始まりました。
その後、14世紀ごろにルネサンスが広がります。
1492年にコロンブスが航海を行い、その後16世紀に宗教改革が始まりました。
歴史は「流れ」で覚えることが大切です。
【解説】
十字軍は11世紀末に始まりました。
その後、14世紀ごろにルネサンスが広がります。
1492年にコロンブスが航海を行い、その後16世紀に宗教改革が始まりました。
歴史は「流れ」で覚えることが大切です。
