教科書 16 ~ 25ページ
アイスプラネット
椎名誠
僕のおじさんは「ぐうちゃん」という。津田由起夫三十八歳。
いそうろう。
僕の母親の弟だ。
いつも母に怒られている。
学生の頃に外国のいろんな所を旅していたらしく、気づいたときには僕の家に住み着いていた。
そして、長いこと「ぐうたら」しているから、いつのまにか「ぐうちゃん」というあだ名になってしまった。
でも、ぐうちゃんは変わった人で、そう言われるとなんだかうれしそうだ。
それを見て僕の母はまた怒る。
怒るけど「これ、ぐうちゃんの好物。」なんて言いながら、ご飯の支度をしているから母もちょっと変わっている。
僕の家は東京の西の郊外にあって、父の祖父が建てた。
古い家だけれど、ぐうちゃんが「いそうろう」できる六畳間があって、そこでぐうちゃんは「ぐうたら」している。
父は単身赴任で仙台にいて、週末に帰ってくる。
ぐうちゃんがいると何か力仕事が必要になったときに安心だから、と言って、父はぐうちゃんのいそうろうを歓迎しているみたいだ。
ぐうちゃんは、家にいるときはたいてい本を読んでいるか、唯一のタカラモノであるカメラの掃除、点検などをしている。
全く「ぐうたら」ばかりでもなくて、たまに一週間ぐらい留守にするときもある。
ぐうちゃんにきくと、そんなときは、全国を回って測量の仕事をしているという。
一度、家に持って帰った測量の道具を見せてもらったけれど、すごく精密な望遠鏡という感じだった。
レンズの中をのぞくと中にいっぱい目盛りが付いていて、ダイヤルでピントを合わせる。
いかにもプロの人の道具みたいで格好いい。
かといって、ぐうちゃんは、測量の専門家でもないらしい。
僕の母は、ぐうちゃんのそういう落ち着かない仕事のしかたが気に入らないようだ。
「ちゃんと就職して早く独立しなさい。
そして『いそうろう』から卒業しなさい。」
といつも怒る。
当のぐうちゃんは、母に怒られても、「でもまあもう少し。」などと訳のわからないことを言う。
すると、母は今度は僕に向かって、「ぐうちゃんみたいな大人になってはだめだからね。」と言う。
本当に文句ばかりだ。
そんな「ぐうちゃん」だけど、僕はぐうちゃんが大好きだ。
ぐうちゃんの話は文句なしにおもしろいのだ。
母は「みんなほら話なんだからそんなのを聞いている暇があったら勉強していなさい。」と言うけれど、宿題をするよりよっぽどおもしろい。
だから、僕がぐうちゃんの話を聞くときはたいていぐうちゃんの部屋に行く。
その日も、夕食の後に僕はぐうちゃんの部屋でほら話を聞いていた。
でっかい動物の話だった。
「悠君。
世界でいちばん長い蛇は何だか知っているか。」
ぐうちゃんは、細い目をめいっぱい見開くようにして僕にきいた。
それは、いつもおもしろい話をするときのぐうちゃんの癖で、だから、僕はぐうちゃんのその表情が好きだ。
でも、今日は話のテーマがちょっと幼稚すぎる。
とはいえ、宿題するよりはずっとおもしろそうだから、母に見つかるまでその話を聞いていることにした。
「アナコンダとかいうやつだね。
アフリカの密林あたりにいる。」
「悠君は地理に弱いんだなあ。
アナコンダがいるのはアマゾンだよ。
現地の人はスクリージュとよんでいて、これはポルトガル語で水蛇という意味だ。
長く太くなりすぎて蛇行するには地球の重力が負担になって水に入ったんだ。」
「泳いでいて出会ったら嫌だな。
飲み込まれちゃいそうだ。」
「そう。
本当に人間なんか簡単に飲み込んでしまう。
生きている馬だって飲み込んじゃうんだぞ。」
ぐうちゃんの話はいつも怪しい。
僕がおもしろがればいいと思っているのだ。
「そんなのうそだろ。
だって馬の背は人間よりはるかに高いし、体重だって普通五百キロはあるって何かの本で読んだよ。
アナコンダがいくら大きいといってもそんな大きな口は開けられないだろ。
ありえねえ。」
「ありえなくないんだよ。」
ぐうちゃんは変な言い方をした。
「立っている馬をそのまま大口を開けて飲み込むわけじゃないんだ。
まず馬の首のあたりにかみついて馬をひっくり返す。
それから馬の体に巻き付いて馬の脚の骨をバキバキ折っていく。
それからゆっくり、飲んでいくんだ。」
本当かなあ。
力のこもった話し方を聞いていると、うっかりぐうちゃんのほら話の世界に取り込まれてしまいそうになる。
でもその怪しさがやっぱりおもしろい。
「悠君。
アマゾンの動物はみんな大きいんだ。
ナマズもでっかいのがいるぞ。
どのくらいだと思う?」
どうせほら話だから僕も大きく出ることにした。
「そうだね。
じゃ一メートル!」
「ブッブー。」
外れの合図らしいけど、まるっきり子供扱いだ。
「アマゾンでは普通に三メートルのナマズがいるよ。」
「うそだあ。
ありえねえ。」
さすがに頭にきた。
僕を小学生ぐらいと勘違いしているんだ。
「うそじゃないよ。
口の大きさが一メートルぐらいだよ。」
ぐうちゃんはまた細い目になった。
僕をからかって喜んでいる目だ。
「ふうん。」
なんだかばかばかしくなったので気のない返事をした。
「あ、信じてないだろう。
じゃあがらっと変わって、きれいで小さい宇宙の話をしようか。」
ぐうちゃんは話の作戦を変えてきた。
宇宙の話は好きだ。
例えば宇宙には果てがあるのか、とか二重太陽のある星の話とかだ。
ところが、ぐうちゃんの話は、地球の中の宇宙の話だった。
「北極には、一年に一度流氷が解けるときに小さな氷の惑星ができるってイヌイットの間ではいわれている。
アイスプラネットだ。
めったに現れないので、それを見た者はその年いいことがいっぱいあるといわれている。」
「童話か何かの話?」
「いや、本当にある話だよ。
見ることのできた者を幸せにするという、地球の中にある小さな美しい氷の惑星。
いい話だろ。」
「やっぱりありえねえ。
俺、風呂の時間だし。」
ぐうちゃんは続けて話したそうだったけれど、母親が風呂に入れと大きい声で呼んだので、それを口実に逃げることにした。
ぐうちゃんは、やっぱり今どきの中学生をなめているのだ。
翌日、学校に行く途中で、同じクラスの吉井と今村に会った。
初めはどうしようかと思ったけど、馬も飲んでしまうでっかいアナコンダや、三メートルもあるナマズの話はおもしろかったし、氷の惑星の話も、本当だったらきれいだろうなと思ったから、つい吉井や今村にその話をしてしまった。
二人は僕の話が終わると顔を見合わせて、「ありえねえ。」
「証拠見せろよ。」
と言った。
「そんなほら話、小学生でも信じないぞ。」
そう言われればそうだ。
だから、部活が終わって大急ぎで家に帰ると、僕は真っ先にぐうちゃんの部屋に行って、「昨日の話、本当なら証拠の写真を見せろよ。」と無愛想に言った。
ぐうちゃんは少し考えるしぐさをして、「そうだなあ。」と言って、目をパチパチさせている。
「これまで撮ってきた写真をそろそろちゃんと整理して紙焼きにしないと、と思っているんだ。
そうしたらいろいろ見せてあげるよ。」
むっとした。
そんな言い逃れをするぐうちゃんは好きではない。
なんかぐうちゃんに僕の人生が全面的にからかわれた感じだ。
吉井や今村に話をした分だけ損をした。
いや失敗した。
僕までほら吹きになってしまったのだ。
それから夏休みになってすぐ、ぐうちゃんはいつもより少し長い仕事に出た。
関東地方の各地の川の測量をするということだった。
僕は人生を全面的にからかわれて以来、あまりぐうちゃんの部屋に行かなくなっていたから、気にも留めなかった。
夏休みも終わり近く、いつものように週末に帰ってきた父と母が話しているのが、風呂場にいる僕の耳にも入ってきた。
「僕たちは、都市のビルの中にいるからなかなか気がつかないけど、由起夫君は若い頃に世界のあちこちへ行っていたから、日本の中にいたら気がつかないことがいっぱい見えているんだろうね。
なんだか羨ましいような気がするな。」
母は、珍しくビールでも飲んだらしく、いつもよりもっと強烈に雄弁になっている。
「あなたは何をのんきなことを言っているの。
由起夫が、いつまでもああやって気ままな暮らしをしているのを見ていると、悠太に悪い影響が出ないか心配でしかたがないのよ。
例えば極端な話、大人になっても毎日働かなくてもいいんだ、なんて思って勉強の意欲をなくしていったとしたら、どう責任取ってくれるのかしら。」
父が何かを答えているようだったが、はっきりとは聞こえなかった。
ただ、僕のことでぐうちゃんが責められるのは少し違う気がする。
そう思うと、電気の消えたぐうちゃんの部屋が急に寂しく感じられてきた。
それから、ぐうちゃんがまた僕の家に帰ってきたのは、九月の新学期が始まってしばらくした頃だった。
顔と手足が真っ黒になっていて、パンツ一つになると、どうしても笑いたくなって困った。
残暑が厳しい日だった。
久しぶりにぐうちゃんのほら話を聞きたいと思った。
またからかわれてもいい。
暑いから、今度は寒い国の話が聞きたい感じだ。
ところが、ぐうちゃんの話は、でっかい動物のでも、暑い国のでも、寒い国の話でもなかった。
「旅費がたまったから、これからまた外国をふらふらしてくるよ。」
ぐうちゃんは突然そう言った。
「でもまあもう少し。」
にはこんな意味があったのか。
ぐうちゃんはいつもと変わらずに話を続けている。
それなのに、ぐうちゃんの声はどんどん遠くなっていく。
気がつくと、僕はぶっきらぼうに言っていた。
「勝手に行けばいいじゃないか。」
ぐうちゃんは、そのときちょっと驚いた表情をした。
何かを話しかけようとするぐうちゃんを残して僕は部屋を出た。
それ以来、僕は二度とぐうちゃんの部屋には行かなかった。
母は、そんな僕たちに、あきれたり慌てたりしていたけれど、父は何も言わなかった。
十月の初めに、ぐうちゃんは小さな旅支度をして「いそうろう」を卒業してしまった。
出発の日、僕は、何て言っていいのかわからないままぐうちゃんの前に立っていた。
ぐうちゃんは僕に近づき、あの表情で笑った。
そして、何も言わずに僕の手を握りしめ、力の籠もった強い握手をして、大股で僕の家を出ていった。
「ほらばっかりだったじゃないか。」
「いそうろう」がいなくなってしまった部屋の前で、僕はそう思った。
ぐうちゃんから外国のちょっとしゃれた封筒で僕に手紙が届いたのは、それから四か月ぐらいたってからだった。
珍しい切手がいっぱい貼ってあった。
「あのときの話の続きだ。
以前若い頃に、北極まで行ってイヌイットと暮らしていたことがあるんだ。
そのとき、アイスプラネットを見に行こう、と友達になったイヌイットに言われてカヌーで北極海に出た。
アイスプラネット。
わかるだろう。
氷の惑星だ。
それが北極海に本当に浮かんでいたんだ。
きれいだったよ。
厳しい自然に生きている人だけが目にできる、もう一つの宇宙なんだな、と思ったよ。
地上十階建てのビルぐらいの高さなんだ。
そして、海の中の氷は、もっともっとでっかい。
悠君にもいつか見てほしい。
若いうちに勉強をたくさんして、いっぱい本を読んで、いっぱいの「不思議アタマ」になって世界に出かけていくとおもしろいぞ。
世界は、楽しいこと、悲しいこと、美しいことで満ち満ちている。
誰もが一生懸命生きている。
それこそありえないほどだ。
それを自分の目で確かめてほしいんだ。」
手紙には、ぐうちゃんの力強い文字がぎっしり詰まっていた。
そして、封筒からは写真が二枚出てきた。
一枚は人間の倍ぐらいあるでっかいナマズの写真。
もう一枚は、北極の海に浮かぶ、見た者を幸せにするという氷の惑星の写真だった。
授業
今回は、椎名誠の「アイスプラネット」を使って、「この物語から何を読み取ればよいか」を考えていきます。
物語の出来事を追うだけでなく、「登場人物の気持ちの変化」と「作者が伝えたいこと」に注目して読み進めていきます。
まず、物語のはじめの部分を見ていきます。
ここでは、「ぐうちゃん」という人物が紹介されています。
ぐうちゃんは、働かずに家に住んでいて、母にいつも怒られています。
つまり、一般的には「しっかりしていない大人」と見られています。
しかし、「僕」はぐうちゃんが大好きだと言っています。
ここで大切なのは、同じ人物でも、見る人によって評価が違うということです。
母は、ぐうちゃんをだらしない大人だと考えています。
一方で、「僕」は、ぐうちゃんの話がおもしろく、魅力的な人だと感じています。
この二つの見方の違いが、この物語の土台になっています。
次に、ぐうちゃんの話の場面を見ていきます。
アナコンダやナマズの話が出てきます。
これらの話は大げさで、現実とは思えない内容です。
そのため、「僕」は話を疑うようになります。
しかし同時に、その話に引き込まれている自分もいます。
ここでは、「信じたい気持ち」と「疑う気持ち」が同時に存在しています。
ぐうちゃんは、事実を正確に伝えることよりも、聞いている人が想像することを大切にしています。
おもしろい話を通して、世界の広さや不思議さを感じさせようとしているのです。
その後、「僕」はその話を友達にします。
すると友達は、その話を否定し、証拠を求めます。
ここで、「僕」の気持ちは大きく変わります。
それまで楽しかった話が、恥ずかしいものに変わってしまいます。
そして、「僕」は、ぐうちゃんの話は信用できないものだと考えるようになります。
この変化によって、「僕」はぐうちゃんとの距離を少しずつ広げていきます。
次に、ぐうちゃんが家を離れる場面です。
ぐうちゃんは外国に行くと話します。
しかし、「僕」は素直に受け止めることができません。
本当は寂しい気持ちがあるのに、それを言葉にすることができず、冷たい言い方をしてしまいます。
ここでは、「心の中の気持ち」と「実際に言った言葉」が食い違っていることが重要です。
ぐうちゃんは、そのまま家を出ていきます。
「僕」は何も伝えられないまま見送ります。
ここには、言えなかった後悔が含まれています。
そして最後に、手紙の場面を見ていきます。
ぐうちゃんは、北極で見た「アイスプラネット」について書いています。
ここで大切なのは、ぐうちゃんの話がすべて作り話ではなかった可能性が示されることです。
さらに、ぐうちゃんは「自分の目で世界を見てほしい」と伝えています。
勉強をして、本を読んで、不思議に思う気持ちを持つことの大切さを語っています。
ここで、「僕」は気づきます。
ぐうちゃんの話は、ただの嘘ではなく、世界の広さや面白さを伝えるためのものだったのです。
最後に写真が出てきます。
大きなナマズと氷の惑星の写真です。
これによって、「僕」の中で、ぐうちゃんの話の見方が変わります。
疑っていた気持ちが、少しずつ見直されていきます。
ここで、この物語から読み取るべきことをまとめます。
一つ目は、人の価値は一つの見方だけでは決まらないということです。
ぐうちゃんは、だめな大人にも見えますが、豊かな経験を持つ魅力的な人物でもあります。
二つ目は、想像することの大切さです。
すぐに否定するのではなく、不思議に思い、考えることが重要です。
三つ目は、世界の広さと、自分の目で確かめることの大切さです。
本や話だけでなく、自分で体験することに価値があります。
この物語は、出来事の正しさを確かめる話ではありません。
登場人物の気持ちの変化を通して、自分の考え方がどう変わるかを読み取る物語です。
この視点を持って読み直すと、より深く理解することができます。
物語の出来事を追うだけでなく、「登場人物の気持ちの変化」と「作者が伝えたいこと」に注目して読み進めていきます。
まず、物語のはじめの部分を見ていきます。
ここでは、「ぐうちゃん」という人物が紹介されています。
ぐうちゃんは、働かずに家に住んでいて、母にいつも怒られています。
つまり、一般的には「しっかりしていない大人」と見られています。
しかし、「僕」はぐうちゃんが大好きだと言っています。
ここで大切なのは、同じ人物でも、見る人によって評価が違うということです。
母は、ぐうちゃんをだらしない大人だと考えています。
一方で、「僕」は、ぐうちゃんの話がおもしろく、魅力的な人だと感じています。
この二つの見方の違いが、この物語の土台になっています。
次に、ぐうちゃんの話の場面を見ていきます。
アナコンダやナマズの話が出てきます。
これらの話は大げさで、現実とは思えない内容です。
そのため、「僕」は話を疑うようになります。
しかし同時に、その話に引き込まれている自分もいます。
ここでは、「信じたい気持ち」と「疑う気持ち」が同時に存在しています。
ぐうちゃんは、事実を正確に伝えることよりも、聞いている人が想像することを大切にしています。
おもしろい話を通して、世界の広さや不思議さを感じさせようとしているのです。
その後、「僕」はその話を友達にします。
すると友達は、その話を否定し、証拠を求めます。
ここで、「僕」の気持ちは大きく変わります。
それまで楽しかった話が、恥ずかしいものに変わってしまいます。
そして、「僕」は、ぐうちゃんの話は信用できないものだと考えるようになります。
この変化によって、「僕」はぐうちゃんとの距離を少しずつ広げていきます。
次に、ぐうちゃんが家を離れる場面です。
ぐうちゃんは外国に行くと話します。
しかし、「僕」は素直に受け止めることができません。
本当は寂しい気持ちがあるのに、それを言葉にすることができず、冷たい言い方をしてしまいます。
ここでは、「心の中の気持ち」と「実際に言った言葉」が食い違っていることが重要です。
ぐうちゃんは、そのまま家を出ていきます。
「僕」は何も伝えられないまま見送ります。
ここには、言えなかった後悔が含まれています。
そして最後に、手紙の場面を見ていきます。
ぐうちゃんは、北極で見た「アイスプラネット」について書いています。
ここで大切なのは、ぐうちゃんの話がすべて作り話ではなかった可能性が示されることです。
さらに、ぐうちゃんは「自分の目で世界を見てほしい」と伝えています。
勉強をして、本を読んで、不思議に思う気持ちを持つことの大切さを語っています。
ここで、「僕」は気づきます。
ぐうちゃんの話は、ただの嘘ではなく、世界の広さや面白さを伝えるためのものだったのです。
最後に写真が出てきます。
大きなナマズと氷の惑星の写真です。
これによって、「僕」の中で、ぐうちゃんの話の見方が変わります。
疑っていた気持ちが、少しずつ見直されていきます。
ここで、この物語から読み取るべきことをまとめます。
一つ目は、人の価値は一つの見方だけでは決まらないということです。
ぐうちゃんは、だめな大人にも見えますが、豊かな経験を持つ魅力的な人物でもあります。
二つ目は、想像することの大切さです。
すぐに否定するのではなく、不思議に思い、考えることが重要です。
三つ目は、世界の広さと、自分の目で確かめることの大切さです。
本や話だけでなく、自分で体験することに価値があります。
この物語は、出来事の正しさを確かめる話ではありません。
登場人物の気持ちの変化を通して、自分の考え方がどう変わるかを読み取る物語です。
この視点を持って読み直すと、より深く理解することができます。