歴史教科書 138ページ 1 安定する社会と諸産業の発達

授業 / 新田開発と農業技術の発達
今回は、新田開発と農業技術の発達について、本文を読みながら考えていきます。
この部分では、人口の増加に対してどのように米の生産を増やしていったのかを理解することが大切です。

では本文の最初の大事なところを見ていきます。
本文には、江戸幕府の支配の下、戦乱のない時代が訪れると、十七世紀から十八世紀にかけて人口は急速に増加し、十八世紀初めには約三千万人になったとあります。
ここで大切なのは、なぜ農業を発達させる必要があったのかという点です。
戦争がなくなって人々が安定して暮らせるようになったことで人口が増え、その結果として食べ物がたくさん必要になったのです。
これが、新田開発や農業技術の発達が進んだ原因です。

さらに本文には、幕府や大名は人口増加に対応するため、用水路をつくったり、干潟や沼地を干拓したりするなど新田開発に力を注いで米の生産量を増やすことに努めましたとあります。
ここで重要語句の新田開発を確認します。
新田開発とは、新しく田をつくって耕地を増やすことです。
役割は、米をつくる土地そのものを増やすことです。
なぜ重要かというと、人口が増えたときに食料を増やすためには、まず土地を増やす必要があるからです。
つまり、人口増加という原因に対して、幕府や大名は新田開発という方法で対応したのです。

ここで資料を見てみます。
利根川のつけ替え工事の資料があります。
これは江戸時代初期に、洪水を防ぐために幕府が川の流れを変えた工事を示したものです。
この資料からは、大規模な工事によって川の流れが変えられたことがわかります。
そしてその結果、洪水が減り、土地が安定して使えるようになり、新田開発が進んだことが読み取れます。
つまりこの資料は、新田開発が自然を整える大きな工事と結びついて進められたことを示しています。
本文の新田開発の説明としっかりつながっています。

次に、農民の工夫について本文を見ます。
本文には、農民たちも、土地を深く耕すことができる備中鍬や、楽に脱穀ができる千歯こきなどの農具を使用し、干鰯や油かすなどの肥料も使うようになり、生産の効率が大きく上がりましたとあります。
ここで重要語句を確認します。
備中鍬は土地を深く耕すための農具で、作物がよく育つようにする役割があります。
千歯こきは脱穀を楽にする農具で、作業を速く進める役割があります。
干鰯や油かすは肥料で、作物の成長を助ける役割があります。
なぜこれらが重要かというと、同じ土地でもより多くの米をつくれるようになるからです。
つまり、農民は道具や肥料を工夫することで、生産量を増やしたのです。

ここで農具の資料を見てください。
これは江戸時代の脱穀の様子とさまざまな農具を示したものです。
この資料からは、人々が農具を使って効率よく作業していたことが読み取れます。
また、千歯こきが普及する前は、手作業で脱穀していたことも示されています。
これと比べると、農具の発達によって作業が楽になり、生産効率が上がったことがわかります。
つまりこの資料は、本文にある農業技術の発達を具体的に示しています。

さらに本文には、この時期に農業技術を記した農書が木版印刷によって全国に広まりましたとあります。
農書とは、農業のやり方や技術を書いた本のことです。
役割は、よい農業の方法を多くの人に広めることです。
なぜ重要かというと、技術が広がることで、全国で農業の生産が高まるからです。
つまり、知識の広がりも農業発達の大きな原因の一つでした。

そして本文には、この結果、耕地面積とともに米の生産量も増え、人々の生活はしだいに安定していきましたとあります。
ここで流れを確認します。
人口増加という原因があり、そのために新田開発と農業技術の発達が進みました。
その結果、米の生産量が増え、人々の生活が安定したのです。

最後にまとめます。
江戸時代には、戦乱のない社会で人口が増えたことをきっかけに、新田開発によって耕地が広げられ、さらに農具や肥料、農書の広がりによって農業技術が発達しました。
その結果、米の生産量が増え、人々の生活はしだいに安定していったのです。
授業 / 特産物の生産
今日は、特産物の生産について、本文を順番に読みながら考えていきます。
この部分では、なぜ各地で特産物が生産されるようになったのか、そしてそれがその後の商業の発達にどうつながったのかをつかむことが大切です。

では本文の最初の大事なところを見ていきます。
本文には、幕府や大名は、人口増加への対応として、米の増産以外にも、貿易統制によって輸入されなくなった衣服や陶磁器などの日用品の国内生産に取り組むようになりました、とあります。
ここで大切なのは、なぜ国内生産が必要になったのかということです。
その理由は、貿易統制によって外国から入ってくる品物が減ったからです。
外国から入らないなら、日本の中でつくる必要が出てきます。
だから、衣服や陶磁器などの日用品を国内で生産する動きが進んだのです。

さらに本文には、こうした動きは、中世以来の優れた技術をもっていた畿内を中心に始まりました、とあります。
ここでは、生産の広がりがどこから始まったのかが書かれています。
技術の高い地域から生産が始まったので、畿内がその出発点になったのです。
つまり、特産物の生産の広がりには、もともとの技術の高さも関係していたのです。

さらに本文には、そして、人々の生活が安定し、需要が高まってくると、日用品の生産や加工を進める動きは各地に広がり、それぞれの風土に合った作物が特産物として生産され始めました、とあります。
ここで重要語句の特産物を確認します。
特産物とは、その土地の気候や地形などに合っていて、その地域で特に多くつくられる産物のことです。
役割は、その地域の特色を生かして生産を進め、ほかの地域との取り引きにつなげることです。
なぜ重要かというと、特産物が生まれることで、地域ごとの産業が発達し、売り買いもさかんになるからです。
この文では、人々の生活が安定して、必要とする物が増えたことが、特産物の生産が広がった原因だとわかります。
また、それぞれの風土に合った作物が選ばれたことも大切です。
つまり、どこでも同じ物をつくったのではなく、その土地に合う物をつくったからこそ、各地で特産物が育っていったのです。

さらに本文には、なかでも、木綿は庶民の衣料の中心となり、綿花の栽培が広がりました、とあります。
ここで重要語句の木綿と綿花を確認します。
木綿は、庶民の衣服の材料として広く使われたものです。
綿花は、その木綿の原料になる作物です。
役割は、衣服をつくる材料になることです。
なぜ重要かというと、多くの人が着る物に使われたので、必要とする量がとても多かったからです。
そのため、木綿が広まると、原料になる綿花の栽培も広がっていったのです。

ここで資料を見てみます。
綿花の資料があります。
これは、木綿が綿花の白い繊維を加工してつくられることを示した資料です。
この資料からは、木綿が農作物である綿花と深く結びついていることが読み取れます。
つまり、衣服に使われる木綿も、もとをたどると農業の生産物であり、特産物の生産が生活と強く結びついていたことがわかります。
本文の、木綿は庶民の衣料の中心となり、綿花の栽培が広がりました、という内容としっかりつながっています。

さらに本文には、やがて、特産物の一部が領外へ売られるようになり、その後の商業発達の大きな原動力となっていきました、とあります。
ここはとても大切です。
特産物は、その土地だけで使われるものではなく、ほかの地域へも売られるようになりました。
それによって物の流れが生まれ、商業がさかんになっていったのです。
つまり、特産物の生産は、地域の産業の発達だけでなく、その後の商業発達を動かす大きな力にもなったのです。

ここで、木綿から広がる諸産業の資料を見ます。
これは、木綿の広がりが、綿花、藍、干鰯など、木綿の栽培から加工までに関係するさまざまな産業の活性化と特産化につながったことを示す資料です。
この資料からは、一つの特産物が広がると、それに関係する多くの産業もいっしょに発達することが読み取れます。
さらに、全国に広がったそれらの特産物を運ぶため、海運も活発になりました、とあります。
つまり、特産物の生産は、つくることだけで終わらず、運ぶことまで発達させたのです。
本文の、特産物の一部が領外へ売られるようになり、その後の商業発達の大きな原動力となっていきました、という内容と、この資料はよくつながっています。

次に、各地の主な特産物の地図を見ます。
これは、日本の各地でどのような特産物が生産されていたかを示す資料です。
この資料からは、全国のさまざまな地域で、それぞれちがう特産物がつくられていたことが読み取れます。
つまり、特産物の生産は一部の地域だけではなく、日本全体に広がっていたのです。
また、それぞれの風土に合った作物が特産物として生産され始めました、という本文の内容も、この地図を見るとよくわかります。

次に、全国の米の生産量の増加の資料を見ます。
これは、米の生産量が大きく増えていったことを示す資料です。
この資料からは、農業全体の生産が高まっていたことが読み取れます。
つまり、人々の生活が安定し、需要が高まってくると、という本文の内容の土台には、農業生産の増加があったと考えられます。
この資料は、特産物の生産が広がる前提として、人々の生活を支える農業が発達していたことを示しているのです。

最後にまとめます。
特産物の生産は、貿易統制によって日用品を国内でつくる必要が生まれ、人々の生活が安定して需要が高まったことで、各地の風土に合った作物が育てられるようになって広がりました。
なかでも木綿は庶民の衣料の中心となり、綿花、藍、干鰯など関係する産業も発達しました。
そして、特産物が領外へ売られるようになったことで、商業発達の大きな原動力となっていったのです。
授業 / 漁業・鉱業・林業の発達
今回は、漁業、鉱業、林業の発達について、本文を順番に読みながら考えていきます。
この部分では、それぞれの産業がなぜ発達したのか、そしてどのように社会に影響を与えたのかを理解することが大切です。

では本文の最初の大事なところを見ていきます。
本文には、漁業の技術も発達し、海産物も特産物として各地で取り引きされました、とあります。
ここで大切なのは、漁業がただ魚をとるだけではなく、取り引きと結びついた産業になっていることです。
なぜなら、海産物が特産物として売られるようになったことで、商業とつながったからです。

さらに本文には、近畿地方の先進的な漁業技術が広まり、釣りだけでなく、改良が進んだ網による漁が各地で行われました、とあります。
ここで重要語句の漁業技術を確認します。
漁業技術とは、魚を効率よく多くとるための方法や道具のことです。
役割は、海産物の生産量を増やすことです。
なぜ重要かというと、技術が進むことで、より多くの魚をとることができ、取り引きがさかんになるからです。
つまり、漁業が発達した原因は、技術の進歩にあります。

さらに本文には、なかでも九十九里浜で取れたいわしは、肥料用に干鰯に加工され、各地で売られました、とあります。
ここで重要語句の干鰯を確認します。
干鰯とは、干したいわしで、肥料として使われるものです。
役割は、農業の肥料として作物の成長を助けることです。
なぜ重要かというと、漁業でとれたものが農業にも役立ち、産業どうしが結びつくからです。
つまり、漁業は農業ともつながりながら発達していったのです。

さらに本文には、また、紀伊や土佐では捕鯨やかつお漁が行われました、とあります。
さらに本文には、海辺では塩も、赤穂など瀬戸内で大規模に生産されました、とあります。
ここから、海に関係する産業は魚をとるだけではなく、鯨やかつおをとることや、塩をつくることなど、さまざまに広がっていたことがわかります。
つまり、海を利用した多様な生産が発達していたのです。

ここで資料を見てみます。
いわし漁の様子の資料があります。
これは、九十九里浜でのいわし漁の様子を描いた資料です。
この資料からは、大きな網を使って多くのいわしをとっている様子が読み取れます。
つまり、改良された網による漁が行われていたことが具体的にわかります。
本文の、改良が進んだ網による漁が各地で行われました、という内容とつながっています。

次に、鉱業について本文を見ます。
本文には、鉱業では、採掘や精錬技術が進歩したことで、佐渡金山、石見銀山、生野銀山などで開発が進みました、とあります。
ここで重要語句の採掘と精錬を確認します。
採掘とは、地中から鉱物を掘り出すことです。
精錬とは、掘り出した鉱物から金属を取り出すことです。
役割は、金や銀を取り出して社会で使えるようにすることです。
なぜ重要かというと、これらの技術が進歩しなければ、鉱山の開発は進まないからです。
つまり、鉱業の発達の原因は、技術の進歩にあります。

さらに本文には、産出された金銀などは幕府の収入となり、そこから貨幣がつくられ、また重要な輸出品にもなりました、とあります。
ここで大切なのは、誰が得をしたのかという点です。
幕府は金銀を収入として得て、そこから貨幣をつくることができました。
また、輸出品としても使われたので、対外的な取り引きにも役立ちました。
つまり、鉱業の発達は、幕府の財政や経済のしくみに大きな影響を与えたのです。

次に、林業について本文を見ます。
本文には、また、林業も人口の増加に伴い、建物の建築や燃料に使われる木材の需要が急速に高まったため、活発になりました、とあります。
ここで重要語句の需要を確認します。
需要とは、人々が必要とする量のことです。
役割は、どの産業が発達するかを決めることです。
なぜ重要かというと、必要とされるものほど多く生産されるようになるからです。
つまり、人口が増えて木材が多く必要になったことが、林業発達の原因です。

さらに本文には、新田開発の進展と燃料需要の増加は、森林の減少という問題を引き起こしました、とあります。
ここでは、産業の発達による問題が示されています。
木を多く使うようになった結果、森林が減ってしまったのです。
つまり、林業の発達にはよい面だけでなく、問題もあったのです。

さらに本文には、森林を失った地域では、頻繁に土砂災害が起こるようになりました、とあります。
ここから、森林の減少が自然災害につながったことがわかります。
つまり、環境の変化が人々の生活に悪い影響を与えたのです。

さらに本文には、こうした状況を受け、幕府も対策に乗り出し、森林資源を守るため、植林を行うようになりました、とあります。
ここで重要語句の植林を確認します。
植林とは、木を植えて森林を回復させることです。
役割は、減った森林を守り、再び育てることです。
なぜ重要かというと、森林がなくなると生活や安全に大きな問題が出るからです。
つまり、幕府は問題に対して対策をとったのです。

ここで資料を見てみます。
森林保護と植林の資料があります。
これは、森林の減少と、その対策としての植林の様子を示した資料です。
この資料からは、木の使いすぎによって森林が減り、その結果として災害が起こりやすくなったことが読み取れます。
そして、それに対して木を植える取り組みが行われたこともわかります。
本文の、森林の減少という問題と、植林による対策の内容とつながっています。

最後にまとめます。
漁業は技術の発達によって多くの海産物がとれるようになり、干鰯などに加工されて各地で取り引きされました。
鉱業は採掘や精錬技術の進歩によって発達し、金銀は幕府の収入や貨幣づくり、輸出に使われました。
林業は人口増加による木材需要の高まりによって活発になりましたが、森林減少という問題も起こり、幕府は植林によって対策をとるようになったのです。
授業 / 学習課題・確認しよう・説明しよう
今回は、学習課題、確認しよう、説明しようを中心に、ここまで学んだ内容を整理して、答えを完成させていきます。
この授業では、本文のどこを根拠にして答えればよいのかをはっきりさせることが大切です。

では学習課題を見ていきます。
学習課題は、江戸時代の国内産業は、どのように発達していったのだろうか、というものです。
この問いに答えるためには、本文の中から、国内産業が発達した原因と、その広がり方をまとめる必要があります。
本文には、戦乱のない時代になって人口が増加したこと、幕府や大名が新田開発を進めたこと、農民が農具や肥料を工夫したことが書かれています。
さらに本文には、人々の生活が安定し、特産物の生産が広がり、漁業、鉱業、林業も発達していったことが書かれています。
つまり、まず農業が発達し、それを土台としてほかの産業へ広がっていった流れをまとめればよいのです。

ここで、学習課題の答えを完成させます。
江戸時代の国内産業は、戦乱のない時代に人口が増えたことをきっかけに、まず新田開発や農具、肥料、農書の広がりによって農業が発達する形で進みました。
その後、生活の安定と需要の高まりによって各地で特産物の生産が広がり、さらに漁業、鉱業、林業も発達して、商業や海運まで活発になっていきました。

次に、確認しようを見ます。
問題は、幕府、大名や農民が米の生産量を増やすために行ったことを、それぞれ本文から書き出そう、というものです。
この問題では、支配する側と、生産する側が、それぞれ何をしたかを分けてつかむことが大切です。
本文には、幕府や大名は、用水路をつくったり、干潟や沼地を干拓したりするなど新田開発に力を注いで米の生産量を増やすことに努めました、とあります。
これが、幕府や大名についての答えになります。
なぜなら、土地を広げて米を多くつくれるようにしたことが、幕府や大名の取り組みだからです。

さらに本文には、農民たちも、土地を深く耕すことができる備中鍬や、楽に脱穀ができる千歯こきなどの農具を使用し、干鰯や油かすなどの、より栄養価の高い肥料も使うようになり、生産の効率が大きく上がりました、とあります。
これが、農民についての答えになります。
なぜなら、農民は道具や肥料を工夫して、同じ土地でもより多くの米を生産できるようにしたからです。
つまりこの問題では、幕府や大名は新田開発を進めたこと、農民は農具や肥料を工夫したことを書けばよいのです。

次に、説明しようを見ます。
問題は、国内産業の発達が社会に与えた影響はどのようなものだったか、説明しよう、というものです。
この問題では、何が発達したかだけでなく、その結果として社会にどのような変化が起こったかを書く必要があります。
答えに入れるべき要素は、まず米の生産量が増えて人々の生活が安定したことです。
次に、特産物が各地で生産され、領外へ売られるようになって商業や海運が発達したことです。
さらに、漁業、鉱業、林業も活発になり、幕府の収入や貨幣づくりにもつながったことです。
また、林業の発達の一方で、森林の減少という問題も起こったことまで入れられると、より深い説明になります。

ここで、説明しようの模範解答を示します。
国内産業の発達によって、米の生産量が増えて人々の生活が安定し、各地の特産物が領外へ売られるようになって商業や海運が発達しました。
また、漁業、鉱業、林業も活発になって幕府の収入や貨幣づくりにつながりましたが、その一方で森林の減少という問題も起こりました。

ここで、関係する資料も確認しておきます。
全国の米の生産量の増加の資料は、米の生産量が大きく増えたことを示す資料です。
この資料からは、農業の発達によって生産量が増えたことが読み取れます。
つまり、学習課題や説明しようで、人々の生活が安定したことを書く根拠になります。

各地の主な特産物の地図は、日本各地でさまざまな特産物が生産されていたことを示す資料です。
この資料からは、特産物の生産が一部の地域だけでなく全国に広がっていたことが読み取れます。
つまり、特産物が広がり、商業発達につながったことの根拠になります。

森林保護と植林の資料は、新田開発や燃料需要の増加によって森林が減少し、その対策として植林が行われたことを示す資料です。
この資料からは、産業の発達にはよい面だけでなく、自然環境への問題もあったことが読み取れます。
つまり、説明しようで森林減少の問題にふれるときの根拠になります。

最後にまとめます。
学習課題では、農業の発達を土台として、特産物、漁業、鉱業、林業へと国内産業が広がっていった流れをまとめることが大切です。
確認しようでは、幕府や大名は新田開発を進めたこと、農民は農具や肥料を工夫したことを書けばよいです。
説明しようでは、生活の安定、商業や海運の発達、幕府の収入増加、そして森林減少の問題までを入れて書くことが大切です。
教科書