歴史教科書146~147ページ 1 貨幣経済の広まり

教科書



① 貨幣経済(かへいけいざい)の広まり(教科書146~147ページ)

学習課題
徳川吉宗(とくがわよしむね)はどのような改革を行ったのだろうか。
重要年号
1707年:富士山が大噴火し、火山灰が江戸まで届く。
1716年:徳川吉宗(とくがわよしむね)が第8代将軍になる。
1730年:吉宗が大阪の堂島米市場(どうじまこめいちば)を公認する。
18世紀:綿花・紅花・藍などの商品作物(しょうひんさくもつ)の生産が各地で盛んになる。
重要語句
徳川吉宗(とくがわよしむね):1716年に第8代将軍となり、享保の改革(きょうほうのかいかく)を行った人物。
享保の改革(きょうほうのかいかく):徳川吉宗(とくがわよしむね)が幕府の財政立て直しなどのために行った一連の改革。
上米の制(あげまいのせい):参勤交代(さんきんこうたい)の期間を一時的に短縮する代わりに、大名に米を献上させる制度。
公事方御定書(くじかたおさだめがき):裁判や刑の基準を定めたもの。
目安箱(めやすばこ):庶民の意見を政治に取り入れるために設置した箱。
実学(じつがく):天文学や医学など、日常生活に役立つ学問。
貨幣経済(かへいけいざい):商品の交換で貨幣が仲立ちをする経済のしくみ。
商品作物(しょうひんさくもつ):ほかの地域へ販売して現金を得るためにつくられる農作物。
問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう):問屋から原料や道具などを借り、家の中で手工業による商品づくりを行うしくみ。
地主:土地を集めて所有する者。
小作人:地主から耕作地を借り、小作料を納めて耕作する者。
学習課題のまとめ――最初に全体の流れをつかもう
① 改革の理由:金銀の産出量の減少、江戸の大火事、富士山の噴火などで幕府の財政が悪化した。
② 財政の改革:質素・倹約、新田開発、一定の年貢の取り立て、上米の制(あげまいのせい)を進めた。
③ 政治・学問の改革:公事方御定書(くじかたおさだめがき)、目安箱(めやすばこ)、人材登用、実学(じつがく)の奨励などに取り組んだ。
④ 成果と限界:幕府の収入は増えたが、商業の発達に十分対応できず、米価も安定しなかった。
⑤ 社会の変化:商品作物(しょうひんさくもつ)や問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)が広がり、農村にも貨幣経済(かへいけいざい)が浸透した。その一方で、農民の間に格差が生まれた。

① 幕府の財政悪化と徳川吉宗(とくがわよしむね)

1 元禄(げんろく)期を境に幕府の財政が悪化した原因を、三つ答えなさい。
答え
金銀の産出量の減少、江戸の大火事、富士山の噴火。
【解説】
幕府の財政は、元禄(げんろく)期を境に悪化していきました。原因には、金銀の産出量の減少、江戸で起こった大火事、富士山の噴火などがありました。1707年には富士山が大噴火し、火山灰が江戸まで届きました。厳しい財政状況にあった幕府は、全国の村から復興のための資金を調達しました。

読解トレーニング問題
① 幕府の財政は、いつごろを境に悪化していきましたか。
答え
元禄(げんろく)期。

② 1707年の富士山の噴火では、火山灰はどこまで届きましたか。
答え
江戸まで。

③ 幕府は復興のための資金を、どこから調達しましたか。
答え
全国の村から。


2 1716年に第8代将軍となり、幕府の財政立て直しに取り組んだ人物は誰ですか。
答え
徳川吉宗(とくがわ よしむね)。
【解説】
1716年、徳川吉宗(とくがわよしむね)は第8代将軍になりました。当時の幕府は財政が悪化していたため、吉宗は財政の立て直しに取り組みました。吉宗は質素・倹約を掲げ、幕府の支出を抑えました。こうした吉宗の一連の政策は、享保の改革(きょうほうのかいかく)とよばれます。

読解トレーニング問題
① 徳川吉宗(とくがわよしむね)が将軍になったのは何年ですか。
答え
1716年。

② 吉宗が財政の立て直しに取り組んだのは、幕府がどのような状態だったからですか。
答え
財政が悪化していたから。

③ 吉宗は幕府の支出を抑えるため、何を掲げましたか。
答え
質素・倹約。


② 享保の改革(きょうほうのかいかく)――財政の立て直し

3 徳川吉宗(とくがわよしむね)が、幕府の収入の中心である年貢米を増やすために進めた政策は何ですか。
答え
新田開発。
【解説】
吉宗は、幕府の収入の中心である年貢米を増やそうとしました。そのために新田開発を進め、米を生産する土地を増やそうとしました。また、豊作や不作に関係なく、一定の年貢を取り立てました。これらは、年貢による収入を増やして幕府の財政を立て直すための政策でした。

読解トレーニング問題
① 幕府の収入の中心となっていたものは何ですか。
答え
年貢米。

② 新田開発によって、何を増やそうとしましたか。
答え
米を生産する土地。

③ 吉宗は豊作と不作によって年貢の取り立て方を変えましたか。解説文に沿って答えなさい。
答え
豊作や不作に関係なく、一定の年貢を取り立てました。


4 参勤交代(さんきんこうたい)の期間を一時的に短縮する代わりに、大名に米を献上させた制度を何といいますか。
答え
上米の制(あげまいのせい)。
【解説】
吉宗は、幕府の財政を立て直すため、上米の制(あげまいのせい)を行いました。これは、参勤交代(さんきんこうたい)の期間を一時的に短縮する代わりに、大名に米を献上させる制度です。幕府は、大名から米を受け取ることで収入を増やそうとしました。新田開発が米を生産する土地を増やす政策であるのに対し、上米の制(あげまいのせい)は大名に米を献上させる政策です。

読解トレーニング問題
① 上米の制(あげまいのせい)では、大名の何の期間が一時的に短縮されましたか。
答え
参勤交代(さんきんこうたい)の期間。

② 幕府は大名から米を受け取ることで、何を増やそうとしましたか。
答え
収入。

③ 新田開発と上米の制(あげまいのせい)は、米を増やす方法がどのように違いますか。
答え
新田開発は米を生産する土地を増やす政策で、上米の制(あげまいのせい)は大名に米を献上させる政策です。


5 享保の改革(きょうほうのかいかく)で幕府の収入は増えましたが、十分に対応できなかった社会の変化は何ですか。
答え
商業の発達による新しい時代への変化。
【解説】
享保の改革(きょうほうのかいかく)によって、幕府の収入は増えました。しかし、改革は年貢に頼る従来の政策を、より厳格に行うことに重点を置いていました。そのため、商業の発達による新しい時代には十分に対応できず、米の値段も安定しませんでした。さらに飢きんも重なり、打ちこわしが起きました。

読解トレーニング問題
① 享保の改革(きょうほうのかいかく)によって、幕府の収入はどうなりましたか。
答え
増えました。

② 改革は、何に頼る従来の政策を厳格に行うことに重点を置いていましたか。
答え
年貢。

③ 米の値段が安定しない中で、さらに何が重なり、打ちこわしが起きましたか。
答え
飢きん。


③ 享保の改革(きょうほうのかいかく)――政治・学問の改革

6 裁判や刑の基準を定めたものと、庶民の意見を政治に取り入れるために設置したものを、それぞれ答えなさい。
答え
公事方御定書(くじかたおさだめがき)と目安箱(めやすばこ)。
【解説】
吉宗は、財政だけでなく政治の改革にも取り組みました。裁判の件数が増えたため、それまでの法を整理し、裁判や刑の基準を定めた公事方御定書(くじかたおさだめがき)を制定しました。また、庶民の意見を政治に取り入れるため、目安箱(めやすばこ)を設置しました。さらに、大岡忠相(おおおかただすけ)など有能な人材の登用も進めました。

読解トレーニング問題
① 公事方御定書(くじかたおさだめがき)を制定するきっかけとなった、裁判の状況はどのようなものでしたか。
答え
裁判の件数が増えたこと。

② 目安箱(めやすばこ)は、誰の意見を政治に取り入れるために設置されましたか。
答え
庶民の意見。

③ 吉宗が登用した有能な人材として、解説文に挙げられている人物は誰ですか。
答え
大岡忠相(おおおかただすけ)。


7 吉宗が奨励した、天文学や医学など日常生活に役立つ学問を何といいますか。
答え
実学(じつがく)。
【解説】
吉宗は、天文学や医学など、日常生活に役立つ学問である実学(じつがく)を奨励しました。また、それまで禁止していた、漢文に翻訳された洋書の輸入制限を緩めました。人々は便利な製品や必要な知識を取り入れ、それらを独自に改良していきました。さらに、飢きんに強い甘藷(さつまいも)の栽培も奨励されました。

読解トレーニング問題
① 解説文に挙げられている、日常生活に役立つ学問を二つ答えなさい。
答え
天文学と医学。

② 輸入制限が緩められたのは、どのような洋書ですか。
答え
漢文に翻訳された洋書。

③ 飢きんに強い作物として栽培が奨励されたものは何ですか。
答え
甘藷(さつまいも)。


④ 貨幣経済(かへいけいざい)と商品作物(しょうひんさくもつ)

8 商品の交換で貨幣が仲立ちをする経済のしくみを何といいますか。
答え
貨幣経済(かへいけいざい)。
【解説】
貨幣経済(かへいけいざい)とは、商品の交換で貨幣が仲立ちをする経済のしくみです。中世以降、物々交換に代わって民衆にも広がりました。近世には全国に浸透し、農村でも貨幣を使う機会が増えていきました。農民は農具や肥料などを買ったり、作物を売ったりするようになりました。

読解トレーニング問題
① 貨幣経済(かへいけいざい)は、中世以降、何に代わって民衆にも広がりましたか。
答え
物々交換。

② 貨幣経済(かへいけいざい)が全国に浸透したのは、いつですか。
答え
近世。

③ 農民が貨幣を使うようになった場面を、買う場合と売る場合から一つずつ答えなさい。
答え
農具や肥料などを買う場合と、作物を売る場合。


9 ほかの地域へ販売して現金を得るためにつくられる農作物を何といいますか。
答え
商品作物(しょうひんさくもつ)。
【解説】
18世紀になると、各地で綿花・紅花・藍などの特産物が商品作物(しょうひんさくもつ)として積極的につくられました。商品作物(しょうひんさくもつ)は、ほかの地域へ販売して現金を得るためにつくられる農作物です。幕府や藩もその生産を支援し、作物の多くはいったん大阪に集められて江戸などへ売られました。良い商品作物(しょうひんさくもつ)をつくるためには、干鰯(ほしか)などの肥料を購入する必要がありました。

読解トレーニング問題
① 18世紀に商品作物(しょうひんさくもつ)としてつくられた特産物を三つ答えなさい。
答え
綿花・紅花・藍。

② 商品作物(しょうひんさくもつ)の多くは、いったんどこに集められ、どこなどへ売られましたか。
答え
大阪に集められ、江戸などへ売られました。

③ 良い商品作物(しょうひんさくもつ)をつくるために購入する必要があった肥料の例は何ですか。
答え
干鰯(ほしか)。


⑤ 問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)と工業の発展

10 生産者が問屋から原料や道具などを借り、家の中で手工業による商品づくりを行うしくみを何といいますか。
答え
問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)。
【解説】
商品作物(しょうひんさくもつ)の生産者は、商品を買いつける商人である問屋と結びつきました。生産者は問屋から原料や道具などを借り、家の中で手工業による商品づくりを行うようになりました。これを問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)といいます。地方には上方などの先進的な技術も伝わり、紙や綿織物など、さまざまな商品が大量に流通するようになりました。

読解トレーニング問題
① 問屋とは、どのような商人ですか。
答え
商品を買いつける商人。

② 生産者は問屋から、何を借りましたか。二つ答えなさい。
答え
原料や道具。

③ 地方に先進的な技術が伝わった結果、どのような商品が大量に流通するようになりましたか。二つ答えなさい。
答え
紙や綿織物。


11 17世紀に、桐生や上田などで国産化が急速に進んだ、絹織物などの素材は何ですか。
答え
生糸(きいと)。
【解説】
17世紀には、絹織物や鎧の素材となる生糸(きいと)は、輸入が多い品物でした。その後、生糸(きいと)の国産化が桐生や上田などで急速に進みました。桐生は現在の群馬県、上田は現在の長野県にあります。国産化が進んだ生糸(きいと)は、国内に流通し始めました。

読解トレーニング問題
① 生糸(きいと)は、どのようなものの素材になりますか。二つ答えなさい。
答え
絹織物と鎧。

② 桐生と上田は、それぞれ現在の何県にありますか。
答え
桐生は群馬県、上田は長野県。

③ 生糸(きいと)の国産化が進んだ結果、生糸(きいと)はどこに流通し始めましたか。
答え
国内。


⑥ 農村の変化と農民の格差

12 商業が発達した農村では、豊かな農民と土地を失った農民の暮らしは、それぞれどのように変わりましたか。
答え
豊かな農民の中には土地を集めて地主になる者がいた。一方、土地を失った農民は小作人になったり、都市へ出稼ぎに行ったりした。
【解説】
農村では、農具・干鰯(ほしか)・綿織物などを買ったり、作物を売ったりして、貨幣を使う機会が増えました。商人との取り引きに成功して豊かになる農民が現れ、その中には貧しい農民の土地を集めて地主になる者もいました。一方、土地を失った農民は、地主から耕作地を借りて小作料を納める小作人になったり、都市へ出稼ぎに行ったりしました。こうして農民の間に格差が生まれました。

読解トレーニング問題
① 農民が貨幣を使う機会が増えたのは、どのような売買をするようになったからですか。
答え
農具・干鰯(ほしか)・綿織物などを買ったり、作物を売ったりするようになったから。

② 地主になる農民は、誰の土地を集めましたか。
答え
貧しい農民の土地。

③ 小作人は誰から耕作地を借り、何を納めましたか。
答え
地主から耕作地を借り、小作料を納めました。


資料問題――教科書の図・史料を読み取ろう

資料の見方
資料問題では、図に書かれている内容と本文で学んだ出来事を結びつけましょう。次の問題は、教科書146ページの図1・図3と、147ページの図5・図6・図7をもとにしています。
13 【資料問題・146ページ図1・図3】1730年、吉宗が大阪の堂島米市場(どうじまこめいちば)を公認した目的は何ですか。
答え
米の取り引きを活発にするため。
【解説】
1730年、吉宗は大阪の堂島米市場(どうじまこめいちば)を公認しました。その目的は、米の取り引きを活発にすることでした。146ページの図1には、堂島の米市場で取り引きに熱中する人々が描かれています。一方、図3は幕領から納められた年貢の量と米価の変動を示しており、幕府の収入が増えても米価は安定しなかったことを確認できます。

読解トレーニング問題
① 堂島米市場(どうじまこめいちば)が公認されたのは何年ですか。
答え
1730年。

② 図1には、米市場でどのような人々が描かれていますか。
答え
取り引きに熱中する人々。

③ 図3から確認できる、幕府の収入と米価の関係を答えなさい。
答え
幕府の収入が増えても米価は安定しなかったこと。


14 【資料問題・147ページ図5~図7】紅花は何という染料の材料に加工されましたか。また、図7は何という生産のしくみを示していますか。
答え
紅餅(べにもち)と問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)。
【解説】
147ページの図5・図6には、紅花と、それを紅餅(べにもち)に加工する作業が示されています。紅餅(べにもち)は、染料の材料になります。図7には、家の中で綿織物を生産する人々と、商品を買いつける商人が描かれています。これは、問屋と生産者が結びついて商品をつくる問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)の様子を示す資料です。

読解トレーニング問題
① 図5・図6では、紅花を何に加工していますか。
答え
紅餅(べにもち)。

② 紅餅(べにもち)は、何の材料になりますか。
答え
染料の材料。

③ 図7には、家の中で何を生産する人々と、どのような商人が描かれていますか。
答え
綿織物を生産する人々と、商品を買いつける商人。


⑦ 学習課題のまとめ問題

学習課題
徳川吉宗(とくがわよしむね)はどのような改革を行ったのだろうか。
15 徳川吉宗(とくがわよしむね)が行った享保の改革(きょうほうのかいかく)について、財政の立て直し、政治・学問の改革、成果と限界の三つに分けて説明しなさい。
答え
吉宗は、質素・倹約、新田開発、一定の年貢の取り立て、上米の制(あげまいのせい)によって幕府の財政を立て直そうとした。また、公事方御定書(くじかたおさだめがき)の制定、目安箱(めやすばこ)の設置、人材登用、実学(じつがく)の奨励などにも取り組んだ。幕府の収入は増えたが、商業の発達による新しい時代に十分対応できず、米価も安定しなかった。
【解説】
1716年に第8代将軍となった徳川吉宗(とくがわよしむね)は、悪化した幕府の財政を立て直すため、享保の改革(きょうほうのかいかく)を行いました。財政面では、質素・倹約、新田開発、一定の年貢の取り立て、上米の制(あげまいのせい)を進めました。政治・学問の面では、公事方御定書(くじかたおさだめがき)の制定、目安箱(めやすばこ)の設置、人材登用、実学(じつがく)の奨励などに取り組みました。幕府の収入は増えましたが、商業の発達による新しい時代には十分対応できず、米価も安定しませんでした。

読解トレーニング問題
① 吉宗が享保の改革(きょうほうのかいかく)を行った目的は何ですか。
答え
悪化した幕府の財政を立て直すため。

② 財政面で行った政策を、解説文から二つ挙げなさい。
答え
質素・倹約と新田開発。(一定の年貢の取り立て、上米の制(あげまいのせい)でも可)

③ 改革によって幕府の収入は増えましたが、十分に対応できなかったことは何ですか。
答え
商業の発達による新しい時代。


重要年号――最後の確認
1707年:富士山の大噴火。
1716年:徳川吉宗(とくがわよしむね)が第8代将軍になる。
1730年:大阪の堂島米市場(どうじまこめいちば)を公認。
18世紀:綿花・紅花・藍などの商品作物(しょうひんさくもつ)の生産が盛んになる。
重要語句――組み合わせの確認
徳川吉宗(とくがわよしむね) → 第8代将軍・享保の改革(きょうほうのかいかく)
上米の制(あげまいのせい) → 参勤交代(さんきんこうたい)の短縮と引き換えに大名が米を献上
公事方御定書(くじかたおさだめがき) → 裁判や刑の基準
目安箱(めやすばこ) → 庶民の意見を政治に取り入れる
大岡忠相(おおおかただすけ) → 吉宗が登用した人材
実学(じつがく) → 天文学・医学など日常生活に役立つ学問
商品作物(しょうひんさくもつ) → 販売して現金を得るためにつくる作物
問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう) → 問屋から原料・道具を借り、家で商品をつくる
地主 → 土地を集めて所有する者
小作人 → 土地を借り、小作料を納めて耕作する者
学習課題のまとめ――暗記する順番
財政悪化:金銀の産出量の減少・江戸の大火事・富士山の噴火
↓
財政の改革:質素・倹約・新田開発・一定の年貢・上米の制(あげまいのせい)
↓
政治・学問の改革:公事方御定書(くじかたおさだめがき)・目安箱(めやすばこ)・人材登用・実学(じつがく)の奨励
↓
改革の成果と限界:幕府の収入は増加。しかし商業の発達に十分対応できず、米価も不安定。
↓
社会の変化:商品作物(しょうひんさくもつ)・問屋制家内工業(といやせいかないこうぎょう)・貨幣経済(かへいけいざい)が広がり、農民の間に格差が生まれた。